書評:「次世代マーケティングプラットーフォーム」湯川鶴章、ソフトバンククリエイティブ

読みごたえのある力作である。本書は当初「電通 vs Google」というテーマのもとに構想され、結局それは破棄され、かわって現テーマに変更されたのだがこれは正解であった。20世紀型マスメディアと広告業の今後の運命は、もはや誰が見てもはっきりしている。本書にも触れられているが、要するにそれはその衰退過程が「遅いか、早いか」というスピードと時期の問題に過ぎない。であるなら、そのことを今さらこと細かく検証するよりは、その次にどのようなサービスやシステムが登場するかを考察するほうが生産的である。

本書のタイトルにもなっている「次世代マーケティングプラットフォーム」が、従来の20世紀型マーケティングおよび広告に取って代わるというモチーフの元に本書は展開されている。このマーケティングプラットフォームはテクノロジーによって強化された「売りの仕組み」であるが、奇しくもこれは先週取り上げたエスター・ダイソンのインタビューでも同様に指摘されているのである。エスター・ダイソンは、たとえば現行の検索連動広告を越えた、消費者の購買意思決定を直接支援するような情報コンテンツサービスの可能性を指摘している。

本書で提起されている次世代マーケティングプラットフォームは、医療分野にも応用できるはずだ。従来、特に日本の医療界ではマーケティングマインドが低く、普通のCRMシステムさえ導入されてこなかった。「競争的な顧客創造」という発想がまったくなかったからだ。だが、各医療機関にはEMRやEHRが徐々に導入されてきており、これらは顧客データベースと見ることもできるから、そこにCRMシステム等をジョイントすればすぐに次世代マーケティングプラットフォームを構築することができるだろう。本書で指摘されていることのほとんどすべては、実際に医療分野でも実行することが可能であり、そのことによって消費者ベネフィットを高め医療コストを下げることが実現できると思う。このように考えてくると、なぜGoogleやマイクロソフトが、あれほどまでにPHRに注力しているのかが理解されるだろう。当然、PHRが医療分野における次世代マーケティングプラットフォームになる可能性が高いからだ。

だが、これら次世代マーケティングシステムが社会にあまねくフル稼働した先には、いったい何が待っているのだろうか。それはひょっとして「同質化」なのではないか。利便性と効率化を極限まで追求していくと、皮肉なことにどのプラットフォームも似たようなシステムになっていく。

ところで、資本主義は差異を生み出さなければドライブしないシステムである。そして広告クリエーティブは、もともと現実の製品とサービスを越えてイメージ上で差異を生み出すエンジンであったはずだ。「どの製品もコモディティ化し機能上の差はなくなっている」と言われて久しい。だから「イメージ上の差別化」を広告クリエーティブが担わなければならなかったのである。1980年代以降、「微細な差異の戯れ」と言われ、「ポストモダンの消費社会」と言われてきたのには以上のような背景があったはずだ。

著者の主張とは反するが、クリエーティブと次世代マーケティングプラットフォームは、実際には一方が他方を駆逐するという関係に立っていないのではないか。「消費者が買いたいものを、買いたいときに、買いたい場所で、買いたい価格で提供する」ことを効率的に実現するマーケティングプラットフォームだが、しかしそれは製品とサービスを超えた「ブランド」という究極的な差異シンボルをつくる機能を持たないからだ。だが、テレビCMに代表される20世紀型広告クリエーティブでは、次世代のシンボル&イメージ創造を担えないことも、また確かなことだろう。

三宅 啓  INITIATIVE INC.


書評:「次世代マーケティングプラットーフォーム」湯川鶴章、ソフトバンククリエイティブ” への1件のコメント

  1. 書評ありがとうございます。著者です。
    主張をほぼ完璧にご理解いただき、大変うれしく思います。ありがとうございました。
    Tobyo、すばらしいですね。米国で同様のサービスが患者やその家族に大きな支援となっているのをみて、日本でも同様のサービスが始まらないかと思っていました。がんばってください。またぜひ取材させてください。

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