2008/09

ウェブ闘病記とパブリック

2008/09/01 月曜日 - 21:08:12 by 三宅 啓

たとえば最近出た「リアルのゆくえ」(大塚英志、東浩紀、講談社現代新書)を読むと、「パブリック」をめぐる議論が決して対談者双方の交点を見出すことなく、延々とすれ違いながら展開される光景に呆然としてしまうのだ。「パブリック」という、わかったようで実のところよくわからない概念で何かを語ろうとするとき、どんな議論もどこかですれ違ってしまい苛立ちだけが残る。

それよりも「パブリック、公共性」という言葉自体が、今日こんなに露出してきたのはなぜなのか。前書では次のような発言がある。

「東 ちょっと話を変えますがGoogleというサービスがありますね。ぼくは、むしろああいうものから新しい公共性について考えたいんです。
人間は共同で何か仕事をしないと生きていけないから、人と人を繋ぐテクノロジーは必要である。しかし、そのテクノロジーが、すごく大きく変わるときがある。そもそも国家だって、みんなが国家をつくろうと思ってつくったのではなく、ある技術的条件のなかでなんとなくできあがった共同作業のシステムが、事後的に「国家」と呼ばれ、公共性が見出され、その運営システムが開発されてきたということだと思うんです。そういう観点からすると、いまGoogleのようなウェブサービスは全く新しい共同作業のプラットフォームとしてあって、その運営方法も従来の公共的なコミュニケーションとはぜんぜん違う。しかも、いま現にそれが人々の生活に巨大な影響を与えている。そこには新しい公共性の可能性を感じます。(「リアルのゆくえ」第三章2007年)」

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量から質へ

2008/09/03 水曜日 - 18:36:31 by 三宅 啓

サーバ不調により、このエントリは「iza」の方へポストしたものを転載した。

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TOBYOのサーバ絶不調(!)。シリコンバレーあたりで遊泳中の鯖だが、暑さのせいかダウンした模様。ハードを交換するとの連絡が入った。困ったものだが、今回はこちら「iza」の方からポストさせてもらう。

さて、この春から「闘病者(患者、家族、友人)の情報共有ツール=TOBYO(闘病)」を公開してきたが、はやくも収載闘病記サイト数は1万に近づいてきている。1万サイトに到達した時点で「量的確保」という初期目標は一応達成されることになり、その後は、新しい目標を持って仕事を進めていきたいと考えている。一言でそれを言えば「質的充実」ということになるだろう。

まずやるべきことは収載闘病サイトの吟味である。これまでも偽装サイトやスパムサイトを除去し、また一定の水準に達していない闘病サイトを登録保留にするなど、サイト登録時点でラフなふるい分けはおこなってきている。たとえば闘病情報が2-3ページしか掲載されていないサイトとか、作者側の「闘病サイト」という明確な意識が感じられないサイトとかの場合、常識的な基準からサイト登録の可否を判断してきた。ユーザーが安心して闘病サイトを利用できるように、一定の水準以上の良質のコンテンツを提供すべきだが、一方では、あまり当方が「編集者」として介入しない方が良いとも考えている。最低限のフィルターを掛けながら、あとはユーザーの判断に任せるのが、おそらく一番正しいやり方なのだろうが、すでに収録済みのサイトを「質」の観点から見直していきたい。 »もっと読む・・・ »

あなたがHealth2.0について知っておくべきこと

2008/09/04 木曜日 - 16:27:19 by 三宅 啓

フォレスターリサーチのカールトン・A・ドティ氏が発表したプレゼンスライド「あなたがHealth2.0について知っておくべきこと」。この手のHealth2.0プレゼンスライドもずいぶん目にしてきたので、いささか食傷気味だが、このスライドは笑えるところもあって退屈しない。楽しめます。 »もっと読む・・・ »

「未来の別の顔」:個人医療情報をめぐる近未来シナリオ

2008/09/05 金曜日 - 21:07:11 by 三宅 啓

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一昨日のエントリ「量から質へ」で述べたように、闘病サイトの可視化がある程度量的に達成された後、次にTOBYOは提供するサービスの質的充実を図っていく必要があると考えている。それはおそらく「闘病体験情報の構造化」を進める方向で充実をしていくような、そんなイメージを今の時点では持っている。要するに、闘病者が知りたい情報をより適切に、そして一層簡単に利用できるようにするわけだが、まだ具体的な方法を提示する段階には至っていない。

われわれは、TOBYOを開発するためのビジョン策定をこのブログでさまざまな方向から試行してきたのだが、ようやく「闘病ネットワーク圏」という考え方にたどり着いたのである。この「闘病ネットワーク圏」に対し「いかなる役割を果たすべきか」というふうに問題を提起すると、TOBYOの立ち位置を非常に明確に理解することができたのである。すなわち、「闘病ネットワーク圏」という形で分散展開され膨張してきた闘病体験のゆるいネットワークを、ことごとく可視化することがTOBYOの果たすべき役割となった。 »もっと読む・・・ »

闘病記と現実

2008/09/08 月曜日 - 21:09:02 by 三宅 啓

先週、がん患者が「病気ゆえに職を失う」という事態が頻発していると新聞で報じられていたが、闘病記を読めばこれらは当たり前に日常茶飯事であることがわかる。就業規則で決められた長期病欠期間を超過した場合のみならず、職場への遠慮から自主的に退職するケースも多い。

病気によって失われるのは職だけではない。病気を理由とする離婚など、家庭内紛争、家庭崩壊がかなりの件数あることも闘病記には記されている。「患者と共に病気と闘う家族」という美しいモデルは、すでに必ずしも一般的ではなくなりつつある。だが一方では、病気をめぐる「美談」や「感動」がテレビドラマや特番で押し売りされている。この落差を、いったいどのように理解すればよいのだろうか。 »もっと読む・・・ »

新医療情報サービス構築へ向けたメモランダム

2008/09/09 火曜日 - 21:20:53 by 三宅 啓

まず新しい医療情報サービスは、医療を提供する側からではなく、医療の受け手側から発想し起動する必要がある。これが第一の大前提である。従来の日本のインターネットを利用した医療情報サービスの企ては、すべてここを間違えていた。次に、医学情報、医療機関情報、治療情報など、医療を取り巻く情報領域において、何をキイにすればユーザーが利用しやすいように情報の構造化が進むかを考えるべきである。つまりユーザーの目から見て、医療に関わるすべての情報領域が晴れ渡り隅々まで可視化されるために、何を中心に情報の構造化を進めるべきかについてのビジョンを作り上げなければならない。これが第二の前提となる。この点においても、従来のウェブ医療情報サービスは、いかなるビジョンも作ることはできなかった。

他にもあるだろうが、少なくとも以上の二つの前提を抜きに、新しい医療情報サービスを起動することはできないとわれわれは考えてきた。TOBYOが、闘病者が自発的に制作するウェブ闘病記に着目し、ネット上に生成されてきた闘病ネットワーク圏のツールであることを目指して来たのは、まず最初の「受け手側から発想し起動する」という前提に立ってのことであった。では二番目の前提についてはどうだろうか。TOBYOはどのような「ビジョン」を持っているのか。 »もっと読む・・・ »

メモランダム2:一点集中、全面展開

2008/09/11 木曜日 - 20:13:22 by 三宅 啓

涼しい秋風が吹き始め、夏も終わりである。夏の疲れが出てきたのか、どうも体調が良くない。ここはしっかり休むべきなのだろうが、TOBYOの現段階を考えるとそうもいかない。

前回のエントリーで、われわれが考える新医療情報サービスの基本前提みたいなものを考察した。これらの問題を考える際に、いつも話題になるのは「なぜ、日本ではインターネットを使った新しい医療サービスが出てこないのか、成功しないのか」ということである。これについてはこのブログでも何回か考えて来たのであるが、結局、日本医療をめぐる妙に権威主義的で硬直した制度文化や言説空間が問題になるのではないか。つまりビジネスアイデアやモデルうんぬん以前に、その業界土壌自体が固く貧しいという現実が立ちはだかっているのだ。だとすればおおまかに言って、ビジネスプレイヤーが取るべき態度は二つに分かれる。すなわちそれらの業界土壌に適応するか、それともその土壌を作り変えるかである。 »もっと読む・・・ »

メモランダム3: 新しいユーザー価値の創造

2008/09/12 金曜日 - 21:39:49 by 三宅 啓

これまでの日本のウェブ医療情報サービスというものを振り返ると、医療情報空間にばらばらに存在する個々の「固有名詞グループ」を集めてリスト化する、ということで終わっているケースが多いことに気づく。たとえば医療機関検索サービスは、医療機関という固有名詞グループのリストを作って検索しやすいよう便宜を図っているのだが、いったん作られた病院やクリニックのリストは、それ以上他のデータと結び付けられることはない。

このことは、病名、薬品など他の固有名詞グループについても同様である。かくして、病名事典や薬品事典の類が、互いに結び付けられることなく、ウェブ上のここかしこに店を開くことになる。そして、これら医療関連リストを複数集めて、WebMDに代表されるような医療ポータルが形成されることになる。医療関連のウェブサービスを乱暴に圧縮して概観してみると »もっと読む・・・ »

スペクタクル社会からの脱出

2008/09/16 火曜日 - 21:07:31 by 三宅 啓

spectacle福田首相の突然の辞意表明に続く一連の「自民党総裁選」を眺めていると、今に始まったことではないが、政治そのものがスペクタクル(見世物)と化し、さらにマスコミを通して拡大増幅された「物語」が消費に供されるという、一種の「閉回路」が社会的に完成されている事態を改めて思い知らされる。今回はさすがにマスコミも三年前の郵政解散を反省し、「慎重な対処の仕方」を模索しているという。

だが、今さらどのように「慎重な対処の仕方」があるというのだろう。そこに興行価値があるかぎり、スペクタクルをみすみすマスコミが無視できるはずもないのである。「事実」をスペクタクル(見世物)に矮小化してしまえば、どのような事実もただ興行価値の観点からのみ判断されることになる。どのような「事実」も、それがわかりやすく人を驚かせたり感動させる「物語」として成立することが必要であり、そのことが「事実」のニュースバリューとさえみなされるようになる。 »もっと読む・・・ »

医療情報システムの三つの顔(EMR、EHR、PHR)

2008/09/17 水曜日 - 21:32:12 by 三宅 啓

最近、米国でNAHIT(National Alliance for Health Information Technology)が発表した「EMR、EHR、PHRの定義」がちょっとした話題になっている。なるほど考えてみると、これまでEMRとEHRの差異さえ実は明確ではないうちにPHRが出てきてしまったので、これら三者の関係があいまいなままに放置されているような現状がある。NAHITによるそれぞれの定義は下記のようになっている。

EMR:
The electronic record of health-related information on an individual that is created, gathered, managed, and consulted by licensed clinicians and staff from a single organization who are involved in the individual’s health and care.

EHR:
The aggregate electronic record of health-related information on an individual that is created and gathered cumulatively across more than one health care organization and is managed and consulted by licensed clinicians and staff involved in the individual’s health and care.

ePHR:
An electronic, cumulative record of health-related information on an individual,drawn from multiple sources, that is  created, gathered, and managed by the individual. The integrity of the data in the ePHR and control of access to that data is the responsibility of the individual.

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