政府IT戦略本部の「診療履歴データベース」構想

メディカルインサイトの鈴木さんのブログでも取り上げられたが、政府IT戦略本部が「診療履歴に基づいた適切な医療を全国のどこでも受けられるようにするためのデータベースを整備するなど、医療分野でのIT化推進」という方針を出した。

政府IT戦略本部と聞いて「まだそんなものがあったのか」との思いが強いのだが、小泉政権以来、こと医療分野のIT化促進について、この戦略本部の具体的な成果が何か思い浮かぶだろうか。ほとんど何も浮かんでこないのが実態ではないだろうか。だから今回の「診療履歴データベース」構想についても、いずれ霧散すると考えたほうがよいだろう。いまだにレセプトオンライン化さえ実現しないのだから。期待は失望の母である。

ところでこの「診療履歴データベース」とは一体何なのだろうか。フツウに考えればEHRであるが、全国レベルに統合するようなニュアンスがあるから、かつて米国ブッシュ前大統領がぶちあげたNHIN(National Healthcare Information Network)に近い気がする。ブッシュ構想では2012年までに米国のすべての医療情報をデジタル化するとのことだったが、この実現性をめぐっては悲観的な見方が一般的であった。オバマ政権もブッシュ構想を引き継いでいるようだが、「EHR-RHIO-NHIN」という三層レイヤー構造のうちRHIO(Regional Health Information Organizations)の経営が各地で破綻し、構想は一挙に視界不良となった。 続きを読む

「入り口」を制するサービスになるか: RememberItNow


RememberItNowは正しい時間に正しい分量で薬を服用するためのサービス。定時になるとメッセージを携帯に送るシンプルなリマインダー・サービスだ。一見、何の変哲もないただのリマインダーだが、ケアギバーや家族と薬剤データを共有したり、コミュニティに参加したり、簡易PHRのようなデータを管理する機能も備わっている。

特に簡易PHR機能は、将来本格的なPHRに発展する可能性もあるだろう。GoogleHealthやHealthVaultなど巨大なPHRプラットフォームの競争ばかりが注目されているが、逆にこのRememberItNowのような最も消費者に近いサービスこそが、PHR市場の鍵を握っているのではないだろうか。つまり「入り口」を制するサービスこそが重要なのだ。そしておそらく「入り口」は携帯やスマートフォンなどモバイル機器になるにちがいない。その際、その「入り口サービス」は初期段階において、できるだけ消費者にわかりやすくシンプルなかたちをしているはずだ。このRememberItNowのように。

EHRにおいても同様である。医療者向けモバイル薬剤DBサービス「Epocrates」は、最近、EHRへ機能拡張することを発表している。これもまた最もユーザーに近いサービスとして、「EHRの入り口」を占拠する動きであると考えることが出来る。

三宅 啓  INITIATIVE INC.

PHR-EHR連携イメージと診療文書標準の行方


HealthVaultやGoogleHealthなどのPHRと医療機関側のEHRがどのように連携して医療データをやりとりするか。このビデオは「MS Surface」上でのHealthVaultと病院EHRのデータ連携をわかりやすく示している。診察時に患者がPHRのIDカードを、医師がEHRのIDカードを「MS Surface」のディスプレイ上に置くと、PHRとEHRから自由に医療データを呼び出したり保存したりできるようなる。

ところでこのように両システム間でデータをやりとりするようになると、相互のデータ記述標準規格(診療文書標準)が問題となる。HealthVaultで採用しているのはCCD(Continuity of Care Document)という標準書式だが、GoogleHealthは当初CCR(Continuity of Care Record)を採用していた。CCRは、古い規格である「HL7-CDA」に対抗して作られた標準書式だが、今日、米国医療IT界では徐々にCCDが優勢になってきており、今後、診療文書標準になっていくものと見られている。そのせいか、GoogleHealthもCCD対応を表明している。

三宅 啓  INITIATIVE INC.

変化し始めたPHR像について

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先月、RevolutionHealthは2月いっぱいでPHRサービスを停止すると発表した。このことは米国の医療ITコミュニティで少なからぬ波紋を呼んでおり、医療情報システムの中でもっとも注目されてきたPHRの将来を不安視する議論も出てきている。

だがRevolutionHealthのPHRは、ユーザーが自分の医療情報を手作業で入力するような「DIY型PHR」であり、結局、このようなモデルのPHRがワークしないことが実証されただけであるとの見方が多い。もともと、煩雑さがデメリットであることはわかっていたというわけだ。事実、RevolutionHealthでPHRを利用していたユーザー数は、わずか数百人に過ぎなかったと発表されている。

現在、個人医療情報を蓄積しているのはたとえば医療機関のEHRだが、GoogleHealthやHealthVaultなど新しいモデルのPHRはこれらからデータを入手し、ユーザーが自分で入力することはない。しかしGoogleHealthやHealthVaultなどのPHRが、今後順調に発展していくかどうかについても、最近これを疑問視する見方も出てきている。各種世論調査によれば、米国においてPHRは消費者にほとんど認知されておらず、またその必要性についても肯定的な意見は少ない。これらから、いわゆる「Direct-to-Consumer」型PHR市場の成立は容易ではなく、相当時間がかかるのではないかと見られはじめている。

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どうして医療ソフトウェアがタダになるのか?

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話題の書「フリー <無料>からお金を生み出す新戦略」(クリス・アンダーソン)を大変興味深く読んでいる。医療関連のケーススタディとしては、このブログでも紹介した「無料EHR」のPractiseFusion社が取り上げられている。

2007年11月以降、サンフランシスコに拠点を置く新興企業のプラクティス・フュージョン社の無料ソフトウェアに、数千人の医師がサインアップして、電子カルテと医療業務管理ツールのシステムを利用している。そうしたソフトウェア製品は通常5万ドルはする。なぜ同社は電子カルテシステムを無料で提供できるのだろうか?(同書、139ページ)

この問に対する答えは次のようなものである。

データを売るほうが、ソフトを売るよりも儲かる

医師一人当たり250人の患者を受け持つとすれば、最初のユーザー医師2,000人から50万件の医療データが集められる。このデータを匿名化し医学研究機関に売ると1件あたり50ドルから500ドルで売れる。もしも1件あたり500ドルであれば売上総額は2.5億ドルになる。これは医師2,000人に対し、5万ドルのEHRシステムを売って得られる1億ドルよりも大きな収入である。また、PractiseFusion社のEHRはAdSenseなど広告掲載タイプが無料、広告なしタイプが月額使用料100ドルという「フリーミアム+広告」モデルであり、この両者からの収入も加算されるわけだ。 続きを読む