書評:「ウェブはバカと暇人のもの」(中川淳一郎著、光文社新書)

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春から「話題の書」であることは知っていたが、ようやく遅まきながら通読した。本書を読みながら、かつて自分が経験したことがフラッシュバックを伴って思い出された。あれはたしかドットコムバブル崩壊直後の2001-2002年頃だったと思うが、当時、私は広告会社を辞し、ウェブ制作会社で大手通信キャリア企業が運営していた誰もが知っている某ISPポータルのコンテンツ企画・運営に携わっていた。本書にあるエピソードや著者の主張は、当時の私が経験したことや考えていたこととほとんど同一のものだ。だから正直言って、ある意味で「自嘲的な懐かしさ」といった感覚に領されたのは間違いない。

本書でも繰り返し述べられている「B級で、おバカな、エンタメ企画」が、当時、まさにコンテンツ企画の王道であり、またクライアント筋から要求されていたことだ。だがこれら「B級で、おバカな」コンテンツ企画とサイト運営に携わる現場は、やり場のない閉塞感に強くとらわれていたのである。第一、作っていても「面白くない」のである。そして、たまたまある若手タレントを起用した「B級、おバカ」コンテンツが、タレント自身の粗相によって炎上した「事件」を経て、とうとう「こんな世界とは絶縁したい」と決め、その現場から去ったのである。 続きを読む

書評:2011年新聞・テレビ消滅(佐々木俊尚、文春新書)

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まさに雪崩を打ってマスコミ崩壊は進行している。昨秋「次世代マーケティングプラットフォーム」(湯川鶴章著、ソフトバンククリエイティブ)の書評を書いた頃、この崩壊はすでに始まっていたのではあるが、そのことをあからさまに明言するには、誰しもまだ一抹の躊躇があったと思う。だがそれから半年以上経過した現在、最早、この崩壊を疑う者は誰一人としていないにちがいない。だからこの「2011年新聞・テレビ消滅」は従来の類書とは異なり、なんの躊躇も、遠慮も、控えめなインプリケーションもなく、ありのままの崩壊をただありのままに、可能性としてではなく「事実」として真正面から描いている。そのいささかの躊躇もない、勢いのある筆致に、まず爽やかさを感じたのである。そして、筆者も述べているが「マスコミが崩壊するかどうか」ではなく、「崩壊後、どうするか」こそがすでに問題になっているのだ。

春先、当方への毎日新聞記者の取材について、少々きついエントリを書いたことがあったが、他紙も含め、昨年来、当方が取材を受けた新聞記者の取材能力の劣化ぶりには驚くべきものがあった。まず、とにかくネットリテラシーが低すぎて、「この程度のネット理解で記事が書けるのか?」と何度も深く懸念せざるを得なかったし、さらに金を払ってその記事を読む読者のことを考えると、もう「悲惨」としか形容できないのであった。だが、これらマスメディア品質劣化の諸相をあげつらうにとどまらず、むしろ本書はビジネスモデル自体がどう考えても崩壊ストーリーに行きつくと主張している。この点の精緻な考察が、一般的なマスメディア慨嘆に終わらず、「マスメディア崩壊後の社会」へと読者の視線を誘うところに本書の価値があると思った。 続きを読む

書評:「ネットで暴走する医師たち」鳥集徹、WAVE出版

本書はいろんな意味で「話題の書」になっているらしい。当方は以前、ネット医師とか医師ブロガーと称される方々のブログをかなり集中して読んでいた時期がある。現状医療制度に対する、医師たちの本音や考え方をブログから把握したいと考えていたからだ。ところがいつのまにやら、継続して読む医師ブログはなくなってしまった。別に積極的な理由はないが、これら医師ブログは広い読者層を想定しているようには見えず、狭い医師社会内部の「内輪話」に終始しているように感じたからだ。また、どうやらマスコミを敵視する点で、これらの医師ブログは共通しているようだが、たとえば頻繁に新聞記事を引用し、その一言一句を重箱の隅をほじくるような執拗さであげつらうその”stickiness”に辟易したためでもある。

米国やヨーロッパの医師ブログは数多く読むが、日本と違うのはそれらすべてが実名で書かれている点だ。日本では実名の医師ブログは圧倒的に少ない。海外では医師のみならず、プロフェッショナルな専門職を持つ人ほど実名でブログを書いている。匿名で書くのは自由だが、匿名ゆえの気楽さは、時として自律性を欠いた言論へと暴走することもあるだろう。本書のテーマはそこにある。 続きを読む

書評:「次世代マーケティングプラットーフォーム」湯川鶴章、ソフトバンククリエイティブ

読みごたえのある力作である。本書は当初「電通 vs Google」というテーマのもとに構想され、結局それは破棄され、かわって現テーマに変更されたのだがこれは正解であった。20世紀型マスメディアと広告業の今後の運命は、もはや誰が見てもはっきりしている。本書にも触れられているが、要するにそれはその衰退過程が「遅いか、早いか」というスピードと時期の問題に過ぎない。であるなら、そのことを今さらこと細かく検証するよりは、その次にどのようなサービスやシステムが登場するかを考察するほうが生産的である。 続きを読む

医療情報システムの三つの顔(EMR、EHR、PHR)

最近、米国でNAHIT(National Alliance for Health Information Technology)が発表した「EMR、EHR、PHRの定義」がちょっとした話題になっている。なるほど考えてみると、これまでEMRとEHRの差異さえ実は明確ではないうちにPHRが出てきてしまったので、これら三者の関係があいまいなままに放置されているような現状がある。NAHITによるそれぞれの定義は下記のようになっている。

EMR:
The electronic record of health-related information on an individual that is created, gathered, managed, and consulted by licensed clinicians and staff from a single organization who are involved in the individual’s health and care.

EHR:
The aggregate electronic record of health-related information on an individual that is created and gathered cumulatively across more than one health care organization and is managed and consulted by licensed clinicians and staff involved in the individual’s health and care.

ePHR:
An electronic, cumulative record of health-related information on an individual,drawn from multiple sources, that is  created, gathered, and managed by the individual. The integrity of the data in the ePHR and control of access to that data is the responsibility of the individual.

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