クチコミを隠蔽するパターナリズム(「ガラパゴス医療」批判序説)

英国NHSトラストのクチコミ評価サイト

パターナリズム(英: paternalism)とは、強い立場にある者が、弱い立場にある者の利益になるようにと、本人の意志に反して行動に介入・干渉することをいう。日本語では家父長主義、父権主義、温情主義などと訳される。語源はラテン語の pater(パテル、父)で、pattern(パターン)ではない。
社会生活のさまざまな局面において、こうした事例は観察されるが、とくに国家と個人の関係に即していうならば、パターナリズムとは、個人の利益を保護するためであるとして、国家が個人の生活に干渉し、あるいは、その自由・権利に制限を加えることを正当化する原理である。
( Wikipedia 「パターナリズム」)

先日のエントリで、クチコミ医療情報サービスについて基本的な考察をした。特に消費者・患者の病院や医師に対するネガティブ情報を排除・隠蔽するような「クチコミ・サービス」の問題を取り上げたのだが、それでは、これらの背景には一体何があるのだろう。一方でネガティブ情報を排除・隠蔽しながら、他方、自らを「クチコミ・メディア」であると主張すること自体、明らかに矛盾しているではないか。そのように矛盾しながらも、強弁せざるをえないのはなぜなのか。単純に考えられるのは、そこにビジネス上の必要というものがあるからだろう。

まず、ネガティブ情報を書かれた病院や医師からの苦情への対応、あるいは削除要求への処理などに要する人的時間的コストがばかにならないだろう。次に、たとえば製薬業界から広告やペイドパブを誘致するとして、「病院や医師から苦情の出るサイト」という風評が立てば、業界の保守的風土から見て、まず誘致は困難になる。

以上のようなビジネス上の問題が想定されるのだが、それだけではなく、そこにはあからさまに表面化されることのない、医療が抱える特殊な発想への迎合が見え隠れするように思う。それは端的に言ってパターナリズム(家父長主義)である。医療におけるパターナリズムについてWikipediaを引用しておこう。

医療現場においても、1970年代初頭に、エリオット・フリードソンが医者と患者の権力関係を「パターナリズム」(医療父権主義、家父長的温情主義)として告発したことによって、パターナリズムが社会的問題として喚起されるようにもなった。(引用同上)

医師と患者における専門知識の非対称性は、すなわち権力関係に転化するのであり、そのことは、「専門知識と情報を持つ者は正しく、専門知識も情報も持たざる者は正しくない。」というふうに一般化されるのだ。だから「専門知識と情報を持つ者」(医師)は、「専門知識も情報も持たざる者」(患者)の正しくない状況認識をただし、その利益を守ってやるために、彼らに干渉しその自由・権利に制限を加える挙措に出る傾向を持つ。そしてこれらを正当化する論理がパターナリズムなのだ。

「ネガティブ情報を排除するクチコミ業者」という矛盾した存在が、一体奈辺からわいて出てきたかと言えば、それは旧来医療が宿痾として持つこのパターナリズムからだと言える。換言すれば、彼らが拠って立つ根拠となる「思想」は医療パターナリズムなのである。「専門知識も情報も持たない者が、病院を批判することなどできない」と考えているから、彼らは患者のネガティブコメントを排除してはばからないのである。しかし、このようなあまりにもナイーブなパターナリズムへの依拠は、もうすでに時代遅れになっている。

欧米では医療機関や医師個人を評価するサービスは多数利用されており、もちろんそこにはネガティブコメントも堂々と公開されている。ネガティブコメントは、むしろ「医療システムを透明化するもの」として評価されており、その存在が否定されることはない。その中でも実績を積み上げ、なかば公的サービスとして認知されているサービスとして、英国のPatient Opinionがある。英国の病院はほとんどが国営NHSトラスト病院だが、Patient Opinionは、それら病院に対する患者の声を広く収集し、患者評価データをレポート化しそれぞれの病院にフィードバックしている。当然、ネガティブ評価も排除されることはない。

このように患者が病院や医師を評価し、それらをウェブで公開する流れは世界の趨勢であり、「患者のネガティブ・コメントを排除する」などと公言しているのは、日本の一部業者にすぎないのである。日本では、まだ本当の病院・医師のクチコミ評価サービスは始まっていないとも言えるだろう。これは日本の消費者と患者にとって、たいへん不幸なことである。

どうやら、日本における医療パターナリズムの蟠踞が、「本当の病院・医師のクチコミ評価サービス」の成立を阻んでいるようだ。「患者中心医療」とか「患者の目線に立って」などという歯の浮くような言辞とは真逆に、日本医療の実態は、かつて日本のモバイル業界がその閉鎖性を「ガラパゴス・ケータイ」と揶揄されたように、「ガラパゴス医療」とも呼ぶべき時代錯誤性を示しているのではないか。「ネガティブコメントを排除するクチコミ業者」の存在が、そのことを私たちに教えている。

三宅 啓  INITIATIVE INC.


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