ことばの宇宙

UNIVERSE

前回エントリ「患者による医療評価のイノベーション」に、たくさんのアクセスをいただき驚いている。この分野、つまりウェブ上の患者ドキュメント分析の分野に、予想以上の人々が関心を抱いていることを認識させられた。

ことばの宇宙

これまで私たちは、ウェブ上に自然発生的に生成された闘病ドキュメント・サイト群によるネットワークを「闘病ユニバース」(闘病の宇宙)と呼んできた。このブログでもいろいろな角度から、この自生的なゆるいネットワークを分析してきたのだが、この「闘病の宇宙」が何によって出来上がっているかというと、それは「ことば」によってである。だから「闘病の宇宙」とは「ことばの宇宙」なのである。

現在、闘病ユニバースの広がりはおよそ5万サイトと推定される。そのうち4万サイトをTOBYOでは可視化しているが、この可視化領域に存在することばの総量はおよそ30億ワードである。この30億ワードから、どのように価値のある知識・情報を抽出するかを、私たちはTOBYOプロジェクトの初期段階から考えてきた。その第一段階では、私たちは、この「ことばの宇宙」を名詞とくに固有名詞の集合体と見ていたと思う。病名、病院名、薬剤名、治療法名、医療機器名など、医療分野の名詞・固有名詞に着目し、それらを闘病ユニバースからいかに効率的に抽出するか。これを最初に目指したのである。

検索エンジンの名詞・固有名詞世界観

そのように、ウェブを名詞・固有名詞の集合体としてみるウェブ観というものを考えてみると、これは「検索エンジン的なウェブ観」であると言えるだろう。早い話がGoogleだ。Googleのコーポレートサイトへ行けば、次のようなミッション・ステートメントが記されているのを目にする。

Google の使命は、世界中の情報を整理し、世界中の人々がアクセスできて使えるようにすることです。

このステートメントの「世界中の情報」とは何だろう。それは、この世界中にある名詞・固有名詞を中心とする「名前のついた情報」のことだろう。ふつう、私たちがGoogleをはじめ検索エンジンを利用するとき、名詞・固有名詞をキイワードとして検索をかけるだろう。「この世界中の情報」を調べるために、私たちは、モノや概念の名前を手がかりとして検索をかける。つまり私たちは、ウェブ上あるいは世界にあるすべての情報を、名詞・固有名詞を中心に見ていることになる。このようにGoogleなど検索エンジンの世界観というものは、この世界を「名詞・固有名詞世界」として見るような世界観なのだ。

私たちがTOBYOプロジェクトの初期にやろうとしたことも、この名詞・固有名詞世界観にのっとっていたわけで、それは端的にTOBYO事典というバーティカル検索エンジンの開発という形をとった。闘病ユニバースを構成するブログやサイトだけを対象とすることによって、同じ検索エンジンでありながら、TOBYO事典は他の検索エンジンよりもノイズの少ない効率的な情報アクセスを実現する。この自前の検索エンジン開発の延長線上にdimensionsがあったわけだが、これもまた名詞・固有名詞で闘病体験をトラッキングするツールであり、やはり「名詞・固有名詞世界観」に基づくものであった。

形容詞・形容動詞世界

だが、この世界がすべて名詞と固有名詞だけでできているかといえば、そうではないだろう。たとえば、快・不快、好悪をはじめ、人間の気持ちや感情を表現する言葉のほとんどは形容詞や形容動詞である。患者が自分の症状や気持ちを表現することばも、「痛い、痒い、熱い、怖い、元気だ、不安だ」など形容詞と形容動詞がほとんどだ。こう考えてくると、この世界は「名詞・固有名詞世界」だけではなく、他の品詞からなる情報世界も存在するのではないかと思えてくるだろう。

では形容詞・形容動詞だけをキイワードとして、検索エンジンで検索をかける人はいるだろうか。いないだろう。Googleをはじめとする検索エンジンが、あくまで依拠するのは「名詞・固有名詞世界観」であり、「形容詞・形容動詞世界」を可視化しアクセスするには、それらは不向きなのである。

患者が自分の体験を記したドキュメントから、医療評価を導き出そうとするとき、まずその評価対象を名詞・固有名詞で特定する必要がある。それだけなら「名詞・固有名詞世界観」でやっていける。検索エンジンを使える。だが医療評価は対象の特定だけではない。患者が何を感じ、何を思い、どう行動したかまでを把握しなければ「評価」をとらえることはできない。そうなると、今度は「形容詞・形容動詞世界」あるいは「動詞・サ変名詞世界」というものをいかに可視化しアクセスするかという、まったく新しい課題が前面に出てくる。これが、私たちがdimensions開発以降に直面した課題であった。

医療評価イノベーションへ

闘病ユニバースは実は「ことばの宇宙」であった。最初、私たちはこれを「名詞・固有名詞世界」としてだけ見ていたのであるが、その「ことばの宇宙」は、形容詞・形容動詞、動詞・サ変名詞、さらには助動詞や助詞までにいたる多元的な品詞世界からなる構造体なのであった。徐々にそのような理解が進むに連れ、私たちは、従来にない医療評価イノベーションの扉の前に立っていることに気づいた。

三宅 啓    INITIATIVE INC.

 

 


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