次世代医療に挑戦するクロスオーバーヘルス

新宿御苑の桜は満開。昼間から花見客で満員。数年前から入場門前で、ガードマンが「荷物チェック」、つまりアルコールの持ち込みチェックをするようになったが、なんとも無粋なものだ。花見酒は日本文化である。少々、羽目をはずそうがいいではないか。中には暴れる人もいるのかなぁ。私ではありませんが。

ところで、スコット・シュリーブ医師といえば、このブログでは何度も登場したおなじみのHealth2.0の論客である。最も早い時期に医師コミュニティ”Sermo”を批判して物議をかもしたりしたが、Health2.0ムーブメントの理論的中心人物として名を上げた。だが、数年前から主だった舞台からは姿を消し、クロスオーバーヘルスと名付けた次世代医療サービスの立ち上げに奔走していたはずだが、二三年前から活動が途絶え、その行方も杳として知れなかったのである。風の便りに「毎日、サーフィンをしているらしい」との噂が聞こえてきたこともあった。

昨年九月だったか、たまたま未明に目覚め、なんとなくスマホでネットをチェックしていると、なんと久しぶりにスコット・シュリーブのブログが更新されているではないか。エントリ・タイトルは”Surf Report”というものであったが、サーファーの彼らしいタイトルだなと思った。二三年前のブログには、マシュー・ホルトらが中心となったHealth2.0を批判する、どちらかといえばシニカルな言説が書かれていたのだが、”Surf Report”には、かなり前向きで活動意欲にあふれた言葉があり驚いた。

実はその前月の八月、Facebookが自社従業員向けの医療機関Facebook Health Centerをオープンしたが、そこで医療サービスを全面的に提供することになったのがスコット・シュリーブのクロスオーバーヘルスであった。クロスオーバーヘルスは「次世代医療」を標榜し、まったく新しい医療機関を目指したのだが、当初、そのビジネスモデルははっきりしなかった。それが”Work Site Health”(職場の医療)市場へフォーカスし、従業員のトータルな保健サービスを提供する方向へ踏み出し、Facebookのような企業顧客を獲得することによって経営基盤が安定したようだ。

スコット・シュリーブがめざしたのは、Health2.0のような医療情報サービスではない。彼は医師として、医療提供そのもののイノベーションこそが重要だと考え、従来とはまったく違う医療提供サービスを創造しようとしたのだ。彼の持論は、たとえばEHR、PHRなどの情報システム、あるいは医療関連コミュニティなどの情報サービスは、結局、医療を取り巻く「枝葉」にすぎず、それらにいくら取り組んだところで、医療自体を変革することにはならないというものだった。むしろ、新しい情報技術が生み出すさまざまなシステムやツールは、新たな医療提供サービスのもとにシームレスに統合されるべきであり、マシュー・ホルトらの「Web2.0技術を医療に活用する」みたいな単純な主張は、新しい医療自体の創造を忌避し矮小化するものだと厳しく批判したのだ。

従前とは違うまったく新しい医療提供サービスを構築すために、スコット・シュリーブが依拠したのは、医療業界内部のカルチャーや世界観ではなかった。彼は、医療の外部から新しい医療観を説いたマイケル・E・ポーターの”Redifinition of Healthcare”(医療再定義)に学び、エリック・レイモンドらのオープンソース・ムーブメントに傾倒したのであった。ニューヨークのジェイ・パーキンソン医師もそうだが、このような思想的背景を持つ医師が登場していることに驚かざるをえない。いわゆる「ドクター2.0」という少数の医師群が、医療提供そのもののイノベーションに挑戦しているのである。

さて、クロスオーバーヘルスだが、やはり昔からデザインにこだわるスコット・シュリーブらしい、洗練されたクールでスタイリッシュな医療機関となっている。そして、Facebookのオフィシャルページの写真を見てもわかるように、とにかくスタッフ全員の表情も、館内の雰囲気も、明るく楽しそうなのである。休憩時間にサーフィンを楽しむ医師やスタッフがいる病院なんて、日本では考えられない。

三宅 啓  INITIATIVE INC.


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong>