インサイト・メーカーは誰か?

Still_Life

まだまだ残暑厳しい毎日。夏の疲れもでてくる時期。当方では、家人が来週から手術入院することになった。春先から調子を崩していたが、この夏、よもや想定していなかった診断を受け本人の希望どおり手術をうけることになった。

患者家族の立場から、あらためてウェブ上の医療情報のありがたみを痛感したが、一方では各種検索サービスや病院サイトなど、まだまだ利用者ニーズを十分に斟酌したサービスとは残念ながらいいがたいと感じた。ユーザーが欲しているのは、あることがらについての比較情報であるのに、探索経路・動線が直線的に設計されていて非常に使いにくい。たとえば、医療機関を横断的に比較一覧できるような仕組みが必要だと強く感じた。また病院サイトはもっとユーザーとコミュニケーションする仕組みを持つべきだろう。各病院のサイト構成はまさに十年一日で、なんの進化もない。

「利用者ニーズを十分に斟酌する」ということだが、従来のセオリーで行くと、これには有効なマーケティング・リサーチが必要だということになる。当方では昨年春頃から「リサーチ・イノベーション」というテーマに注目してきたわけだが。従来のレガシーなアンケート調査やインタビュー調査にかわり、新たにソーシャル・リスニングやMROCやコミュニティ・パネルなどが相次いで出てきて、にわかにマーケティング・リサーチ分野は従来にない活況を呈している。

当方開発の患者リスニング・プラットフォーム「dimensions」はこれらのリサーチ・イノベーションと同じ方向を向いていると考えているが、違うところをあえて挙げるとすれば、それは「リサーチャーの介在」を前提とはしていないという点だろう。端的に言うと、「調査レポート」みたいな成果物をオプション化し、サービスのコアはあくまで「インサイト・メーカー」(クライアント企業)自身が利用するツール提供に特化している点だ。

マーケティングの今日的目的はいわゆるインサイトの発見・創造に向かいつつある。しかもこのインサイトは、あくまでも当事者インサイトであり代行がきかないのである。この「インサイト」にまつわる有名な一節を引用しておこう。

「あれは昭和四十八(1973)年9月のことであった。ヤマト運輸は、国際航空貨物も手がけており、昭和四十六(1971)年4月にニューヨークに営業所を開設していた。その視察と業務提携のため、私はニューヨークに出張したのである。海外旅行者の定番コースとして、エンパイアステートビルディングの展望台に上がり、市内を俯瞰して地上に戻ってきた。そのときである。四つ角に立ってふと見ると、交差点を中心にUPS(ユナイテッド・パーセル・サービス)の車が四台停まっているのに気がついた。・・・・・・UPSの集配車がニューヨークの十字路の回りに四台停まっている。それを見て、私は、はっと閃いた。」(「小倉昌男 経営学」より「ビジネス・インサイト」(石井淳蔵、岩波新書)に収録)

「クロネコヤマト宅急便」ビジネス・インサイト誕生の瞬間である。「家庭向け小荷物集配事業」というアイデアはそれまでも多数の人が思いついたのであるが、それは所詮単なる「アイデア」にとどまるものであった。マンハッタンの四つ角に停まっている四台のUPSの配送車を見て、ヤマト運輸の小倉社長に閃いたのは「集配密度」という概念であり、この概念によって単なるアイデアは実行可能なビジネスモデルへ移行したのである。

およそインサイトとはかくのごとしであり、リサーチャーであれマーケティング・プランナーであれその支援はできるだろうが、本質的に当事者以外に誰かがこれを代行するということはできない。余人をもって小倉社長に代えることはできないのだ。

ところで、今までいろいろな場所でdimensionsの説明をして、まず面食らわれるのがこの点である。当方は「インサイトを生み出すのはビジネス当事者であり、それはあなたですよ」と言外に言っているのだが、相手からは「レポートが出てこないと困りますね・・・・」と異口同音に言われる。だから、「もちろんレポートが必要ならオプションで作成します」と付け加えることにしているのだが・・・・・。

思うに、おそらく今後のマーケティング・リサーチ企業に一番必要なものは情報テクノロジーだろう。技術である。リサーチ企業はテクノロジーによってイノベーティブなデータ処理ツールあるいはシステムを開発し、それをインサイト誘発の仕組みとしてクライアントに提供するようになるのではないだろうか。その際、あくまでインサイト・メーカーはクライアント企業であり、どのような種類であれ調査エージェントではないだろう。ましてエージェント(リサーチャー)が「インサイトを報告する」みたいなことはありえないと思う。

前のエントリでも述べたようにビッグデータの基盤技術の進化はすさまじい。大量の非構造化データを処理し、そこから価値ある意味を抽出することが低コストで短時間に実現できるようになってきている。そしてこれらの新技術はマーケティングにとってのフロンティアであり、本格的な技術利用はこれからだ。

Web2.0が出てきたころ「知の地殻変動」などという言説が盛んに論じられたが、これらはいつしかフェードアウトしてしまった。(Health2.0もこの「知の地殻変動」というビジョンが非常に大切なのだが、それに気づいていたのは「伽藍とバザール」を医療に当てはめようとしたスコット・シュリーブだけであった。)実はマーケティングにおいてもこの「知の地殻変動」というビジョンが重要である。ウェブを軸とする情報テクノロジーの進化によって、マーケティングにおけるインサイトや知識の創造生成のありかたは大きく変わっている。

調査クライントは発注者として予算と進行を管理し成果物(レポート)提出を待っていればよい、といった従来のゼネコンスタイルの仕事の仕方は、もしも「インサイトを生成する」ことが目的ならば大きく変わらなければならない。これによってもちろん受注側の仕事の仕方も変わることになる。

三宅 啓  INITIATIVE INC.


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong>