患者学習ツール: 「がん闘病CHART」

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ある日突然、医師から「がん」を告知されたらあなたはどうするだろうか。まず突然の告知に驚き戸惑うだろう。その様子は「がん」のどの闘病ブログにも記されている。次に、あなたは医師から告げられた病名や病態や病期を調べるために、とりあえずそれらの言葉をGoogleで検索するだろう。あるいは、何をどのようなキイワードで検索すればよいかということ自体がわからず、途方にくれるかもしれない。そしてネット上には膨大な量の医療情報、闘病ドキュメントがあふれており、ひと通りそれらに目を通すだけで徹夜仕事になるかも知れない。そして次の日、あなたは書店や図書館で自分の病気のガイドブックを紐解くかも知れない。

おおむね、患者が最初に取る行動は以上のようなものだろう。これら一連の情報収集活動が何を意味するかを考えると、それらは「自分の病気についての学習行動」と言うこともできるだろう。さらにこの「学習行動」の中身をよく見てみると、その「学習」は自分の病気に関する医療分野の専門用語や固有名詞など「言葉の学習」であることに気づく。つまり患者は、最初にこのように自分の病気についての「基本単語の習得」という問題に直面するのだ。とにかく「基本単語」がわからなければ、Googleで検索することも、誰かに何かを訊ねることもできない。

この初期学習過程で十分な基本単語習得がなされなければ、患者は医療者とコミュニケーションすることができないし、自分の意向に沿った医療を選択することもできなくなる。つまりこの初期学習過程は、実は、その後の「患者の意思決定」のポテンシャルを決定する重要なファクターなのだ。そしてこの学習は、学習一般がそうであるように、誰かに代わってやってもらうことはできず、あくまで患者自身が自分でおこなわなければならない。

だが、患者に与えられた時間は少ない。治療方針を医師と協議するまでに、自分の病気の疾患概要、検査方法、治療法、薬剤など専門用語を習得し、自分の意向と選択方針を明確にしておかねばならない。しかもこれは、告知の衝撃さめやらぬ不安定な精神状態でおこなわれるだけに、余計に患者に取って大きな負担を強いることになろう。

この患者の初期動作としての一連の学習行動を、本当は能率よくサポートするようなサービスがあってもよさそうだが、そのようなサービスはこれまでなかった。本来ならばこれは医療機関が対応することだろうが、実際はほとんどまったく対応できていない。

さて、これら一連の患者の学習行動は「言葉の学習」であるから、これは外国語の習得と似ている。外国語の習得というものは根気も時間も要するものだが、一方では「日常英会話基本100」のような基本単語や用例集が重宝されている。同様に、患者の初期学習過程で役立つ、たとえば「がん基本単語100」のような学習ツールがあれば便利ではなかろうか。「とにかくこれだけ用語を知っておけば、とりあえず医療者とコミュニケーションでき、治療選択をおこなえる」みたいな患者学習ツールがあれば便利だろう。

現在、私たちが開発している「がん闘病CHART」は、一応「クチコミ検索エンジン」と銘打ってはいるものの、実のところ以上のようなこれまでにない患者のための初期学習ツールをめざしている。たとえば乳がん患者が知っておくべき「検査・診断、治療法、薬剤、病院、闘病生活tips」についての基本用語や固有名詞を、この「CHART」を使って短時間に効率よく習得できる。「がん闘病CHART」は実際に病気を体験した患者の膨大な闘病ドキュメントを精査集計し、検査・診断をはじめ各ジャンルで頻出する名詞・固有名詞を多いもの順にランキング・チャートで示している。平たく言えば、「乳がん患者が話題にしている検査・診断、治療法、薬、病院、闘病生活tipsはこれだ!」というランキング・チャートなのだ。これら5ジャンルの各チャートの「ベスト20」に出てくる単語群は、患者が闘病生活で実際に使っている単語なのだから、いわば「闘病生活必携単語」であり、まちがいなく新人患者に実践的に役立つものである。

また基礎単語チャートからバーティカル検索エンジンを介して、それらが実際の闘病生活で使われている現場を見ることができる。これは単語の生きた具体的な「用例」として役立つだろう。だが、これら個別の患者体験に基づく「用例」は、ともすれば一般性を欠く特殊事例である可能性もある。そこで語の医学的解説や薬剤名のような固有名詞についてのオフィシャル情報など、一般性のある知識にも同時にアクセス出来るようにしてある。ネット上ではこれまで、一般的な医学情報と個別の患者体験は別々に存在してきたが、「CHART」は基礎単語が持つこれら二つの側面を統合する試みでもある。

ところで、私たちはこれまで膨大な量の闘病ドキュメントに接し、闘病生活の全過程をいろいろな側面から考察してきたが、最近、これら闘病生活というものが一種の学習過程なのだと考えるようになってきた。それは医学知識や医療専門用語の学習であるが、もちろん患者は医療者と同レベルまで知識習得を進める必要はない。だが、「患者のエンパワーメント」や「患者の意思決定」というものを考えてみると、患者による必要最低限の医療知識学習による知識習得が必要であることは否定出来ない。

知識習得が十分でなければ、患者の「意思決定」はまさに「医師決定」になってしまい、医師のパターナリズムから自立できなくなってしまうのである。従来、「情報の非対称性」という言葉で「患者のエンパワーメント」に水を差すような風潮があったが、その「非対称性」を少しでも埋める、できれば乗り越えるようなサービスやツールが今後求められると思う。私たちが今準備している「がん闘病CHART」は、そのような「患者のエンパワーメント」のための一つの試みであると考えている。

三宅 啓  INITIATIVE INC.


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