マーケティング・リサーチの新展開

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今月でこのブログは開設してから5年になる。大まかに言ってそのほとんどは、ウェブ闘病ドキュメントの考察を含むTOBYOプロジェクトの思考実験、そしてHealth2.0ムーブメントの動向についての考察に費やしてきたと思う。だが、今年に入っていささかその様相は違ってきている。今年はエントリ数自体が減ってしまったが、以前とは違い、新たにリサーチ・イノベーションについての考察が加わった。

もっぱらTOBYOとHealth2.0ばかりに関心が向いているうちに、マーケティング・リサーチなど社会調査の分野で、ここ数年、非常に大きな変化が起きていたのである。前のエントリで紹介した最近のESOMARなど国際会議では、「デジタル・リサーチ・ルネッサンス」とか「マーケティング・リサーチにとって100年に一度あるかないかの大変革期」とか、非常に高揚感を伴った言葉が踊っている。それらコンファレンスのレポートや関係ブログなどを読むと、あの2005年頃のWeb2.0ムーブメントと同様の熱を帯びた興奮が、最近のマーケティングとマーケティング・リサーチの分野で巻き起こっていることがわかる。

だが、日本は静かだ。異様に静かだ。日本のマーケティングやリサーチは、世界から5年は遅れていると言う人もいる。ソーシャル・リスニングやMROCなどの話題を出しても、従来のレガシー・マーケティング関係者はほとんど関心を示さないばかりか、逆に従来の古色蒼然としたサンプリング理論をはじめ統計理論を振り回し、最早、前世紀で賞味期限切れの反論を試みるばかりだ。

積極的に古い知識を捨て、新しい知識を学ぶ時が来た。「コマンド&コントロールの20世紀マーケティング、コトラー、ドラッカー、etc」を歴史の屑籠に放り投げ、認知科学、行動経済学、ネットワーク理論でマーケティングやリサーチにイノベーションを起こす時が来た。そして、このことはHealth2.0ムーブメントと通底する。

まずレガシー調査の代表的手法であるアンケート調査とかグループインタビュー調査だが、これらに対して痛烈な批判が公然と巻き起こっている。たとえばアンケート調査だが、リアルであれウェブであれ、とにかく「アンケート調査は退屈だ」と批判されている。たしかにそうだろう。設問数30問程度の標準的なアンケート調査票を考えてみると、自分にとって興味も関心もない設問を読み、記憶を再生し、回答肢を選び、自由回答を書き込む、という一連の回答行動ほど退屈で億劫なことが他にあるだろうか?このような退屈さや億劫さを耐えるためには、謝礼、ポイント、懸賞など「退屈の代償」が必要だが、それらはバイアスの元凶となるだろう。アンケート調査票に、まじめにホンネを書く回答者は少ない。退屈さゆえにいい加減であり、記憶再生も不正確で、おまけにタテマエ論に追従しがちとなる。

サンプリング理論にしても、いみじくもP&Gのリサーチ担当者が「教条主義」と批判したように、もはや今日のネット社会の現実にはフィットしないものだ。もしも「サンプルの代表性」に不安があるなら、数百などといったサンプル・サイズではなく、数万、数百万、数千万が公開したビッグデータを集めれば済む、というのが今日の考え方だ。

これまでのレガシー調査は、意図的、強制的に回答者からデータを発生させる方法であった。それに対しソーシャルメディアでは、消費者や患者が、あくまで自分の意志で自発的に自分の意見を公開している。自分の興味関心あるテーマについて語るのだから、「退屈」であるはずがない。そして誰かに頼まれたり、誰かのために語るのではなく、あくまで自分のために語っているのだから、それらの言葉はホンネなのである。

かつて私は広告会社のマーケティング・セクションで20数年に渡り、数え切れないほどのレガシー調査をおこなった。そして「消費者のホンネ」をどう把握するかについて、いつも悩み続けていた。アンケート調査集計結果やグループインタビュー発言録を、そのまま額面通り「消費者のホンネ」と受け取るのはシロウトであり、それら数値や発言の裏を洞察して「ホンネ」に迫るのがプロであるからだ。しかし、それらインサイトを得るための作業は時間も根気もいる「退屈な作業」だったと思う。

だから前職をやめた時、「もう今後はリサーチはやりたくない」と考えた。その後、ピッカー・メソッドの患者満足度システムを開発途中で断念したのも、実はこのことが大きかったと今にして思う。米国政府HCAHPSプロジェクトの調査票を入手し、設問フローをチェックしたとき、あるいは複雑な統計理論を駆使した設問妥当性検証プロセスをチェックしたとき、あの「退屈さ」がまた蘇り、一挙に「やる気」が失せてしまったのだ。だが、今度は「リサーチ・ルネッサンス」という新局面で調査と向き合うことになったのだが、これは何かの皮肉だろうか。

三宅 啓  INITIATIVE INC.


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