PHRと消費者ニーズ


この前のエントリでも触れたが、GoogleHealthはどうやらプロジェクト凍結が決定されたようだ。Google自身の公式発表はないものの、プロジェクト離脱者の証言などからそう考えて間違いなさそうだ。しかし3年前、あれほど華々しくエリック・シュミットみずから全世界に発表したこともあってか、いきなり中止するわけにもいかないのだろう。ここは「生かさず、殺さず」、徐々にフェードアウトさせていくのだろうが、何かやり方が日本的だ。

凍結の理由は、ユーザーを獲得できなかったことにつきる。

これをめぐって米国ではさまざまに議論されているが、その主たるものは次の三点だ。

  1. 患者・消費者は、自分の医療情報を預けるほどGoogleHealthなどPHRを信用していない。
  2. PHRやPHP(Personal Health Platform)などは、患者・消費者が欲しいと考えているサービス、たとえば診療予約だとか処方箋レフィル請求などのサービスを提供すれば、いずれ市場を支配するだろう。
  3. PHRやPHP等、何と呼んでもよいのだが、とにかくそれらに関心を示すのは人生を変えるほどの病気と闘っている人々だけだ。

まず1の意見だが、Googleのようなメジャーブランドがきちんとした説明をすれば、信用を得ることはそんなにむつかしいことではない。一方、2と3については、PHRをはじめ医療情報サービスに対する患者・消費者ニーズをどう洞察するかという、非常に大切な問題を含んでいる。

GoogleHealthのようなPHRが、本当は患者・消費者のニーズを外しているのではないかという議論は以前からあった。PHRとはまさに患者・消費者が自分の医療情報を自分で管理するツールであるが、患者・消費者側にまだそこまでのニーズがないのではないかと主張されていたのである。そして現実に、GoogleHealthやHealthVaultの苦戦によってこのことがはっきりしたというわけである。たしかに、患者・消費者はPHRのような医療情報一元管理ツールよりも、むしろ診療予約など、便利さが具体的にわかるサービスのほうにより魅力を感じるだろうし、PHRもそれらを取り入れなければサービスとして成立することはむつかしいのかもしれない。

そして特に上記3である。これはおそらくPatientsLikeMeの経営幹部による論評だと思われるのだが、「医療と健康」についての従来の患者・消費者ニーズ観を根底からくつがえすものだと思える。実は当方も「『医療と健康に対する一般的な消費者ニーズというものは、普遍的で量的にも巨大なニーズである』という思い込みを、いったん捨てなければならないのかもしれない」と何度も考えて来た。もとより、「医療と健康に対する一般的な消費者ニーズ」というような、「一般的」なニーズなど存在しないのである。医療と健康に対するニーズは、すぐれて個別的、具体的、局面限定的であり、それらを一般化することなどできないのだ。そして同時に、それらはきわめて当事者性の強いニーズである。当事者か非当事者かによって「要、不要」が鋭く峻別されるのであり、そこに中間地帯というものはない。

昨秋、このブログで患者SNSサービスなどの困難さについて考察したが、以上のような考え方がコアにあった。患者SNSは「患者・消費者の一般的なコミュニティ・ニーズ」みたいなものを想定した場合、その成立は困難をきわめるが、PatientsLikeMeのように希少難病という個別性、具体性、局面限定性を目指す場合のみ成立する可能性が開ける。

PHRも患者SNSも理屈の上では誰もがその「一般的な合理性」を納得できるだろうが、現実のニーズはまったくちがったメカニズムで動いているのだ。ここのギャップをどう洞察するかが最も重要なのである。そういう意味で私たちは、まだ本当の医療マーケティングというものを十分習得しているとは言い難い。窮地に立つPHR。それでもまだ当方はPHRがキイを握っていると考えている。まだゲームは終わっていないのだ。

三宅 啓  INITIATIVE INC.


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