日本語圏ウェブと医療情報

ウェブ上にばらまかれた様々な医療関連情報あるいはデータを、どのように構造化するか。ウェブの医療情報サービスを考える場合、とどのつまりはこの問にどう答えるかが問題となる。もちろん多様な考え方に基づく多様な答えがあり、私たちのTOBYOプロジェクトもその中の一つにすぎない。Health2.0の苦闘は、この問に対する答えとそれを継続可能にするビジネスモデルのマッチングの難しさにある。

だが、もう一度この問いを見なおしてみると、見落としてはならないひとつの前提があることに気づく。それは構造化すべき医療関連情報あるいはデータが、「すでに」ウェブ上に存在するという前提である。「これから作る」のではなく、「すでにある」ということ。しかもそれらが「大量にある」からこそ、構造化が問題になるのだ。逆に「これから作る」のでは構造化は現下の問題ではなくなり、提供されるサービスも将来の問題に先送りされる。つまりこのように考える限り、サービスとビジネスモデルのマッチングは永遠に来ないかも知れないということを、この問いとそこに含まれる前提は仄めかしている。

「すでにあるもの」に立脚するという現実論だけが、サービスとビジネスモデルの駆動エンジンになりうるはずだ。私たちはTOBYOプロジェクトを進める中で、そのことを徐々に学んできたと言えよう。

ところで日本語圏ウェブを見渡してまず気づくのは、英語圏とは違い、医療機関、医学研究機関、行政などが公開している医療情報が圧倒的に少ないことだ。たとえば医療機関の多くはそのサイトに営業情報しか出していない。つまり医療界や行政が本来出すべき情報は「すでにある」状態ではなく、「これから作る」段階にある。だからここを構造化してサービスを提供するということは、実際には非現実的なのだ。たとえば米国のバーティカル検索エンジンHealthlineのようなサービスは、当面、日本では成立しないだろう。

では日本語圏ウェブで何が「すでにある」しかも「大量にある」のかと言えば、まずそれは闘病者の体験ドキュメントである。厳密に測定したわけではないが、闘病者がネット上で公開している体験ドキュメントの総量は、すべての医療界と行政が公開している医療情報の量を大幅に上回っているはずだ。そして、クラゲサイト(テンプレサイト)のように出所責任を明らかにせず、一見「医療情報」としての確からしさを装ったノイズやゴミ、さらには怪しげな健康食品や健康法の情報があふれているのだ。

この事態をどう解釈すればよいだろうか。闘病体験ドキュメントが大量に公開されている背景には、オーソライズされた実際に役立つ医療情報が少ないために、自分たちの体験を公開し共有するしかない、という切迫した事情があるにちがいない。またテンプレサイトや怪しげな商品情報などゴミ&ノイズ横溢の背景として、オーソライズされた医療情報の絶対量が少ないために、日本語圏ウェブではこれらのサイトや情報が一定のアテンションを獲得しやすくなっていることが考えられる。そこそこ商売になっているのだ。

このような日本語圏ウェブにおける医療情報のあり方を見て、では「ウェブ上にばらまかれた様々な医療関連情報あるいはデータを、どのように構造化するか」という最初の問題に立ち返ってみると、何が新たにあぶり出されてくるだろうか。しかも「すでにあるもの」そして「大量にあるもの」に立脚するという現実論だけが、サービスとビジネスモデルを駆動するとしたら、私たちの前にどのような選択肢があるのだろうか。そう考えると、問題の解は一挙に多様性を失い限定されてくるような気がする。最悪の場合、「解が無い」ケースさえ考慮しなければならないだろう。日本におけるHealth2.0の困難さというものはこのあたりにあると考えている。そしてTOBYOプロジェクトで私たちがやっていることは、「すでにあるもの」しかも「大量にあるもの」を構造化することであり、おそらく「少ない解」のうちの一つに該当するものであるはずだと少しずつ確信を深めている。

三宅 啓  INITIATIVE INC.


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong>