徹底討論『光の道は必要か?』

HiKari_Road_Session

昨夜の「孫正義vs佐々木俊尚 徹底討論『光の道は必要か?』」は面白かった。夕食後、8時過ぎからUstreamで見始め、結局12時までお付き合いしたのだが、トークセッションが終わったのは深夜1時だったらしい。なんと延々5時間。このセッションの概要は「光の道 テキスト中継ログ #hikari_roadhttp:」ですべてテキスト化されている。

全体を通してみれば、両者の議論は咬み合うように見えながら微妙にすれ違っていた。どこですれ違っているかといえば、インターネットの現状と将来をめぐる孫氏のハード・インフラ至上論と佐々木氏のプラットフォーム優位論においてである。たしかに全国津々浦々に国費ゼロで「光の道」を整備できれば、それはそれですばらしいだろう。だがそのことによって、自動的に日本のインターネットが飛躍的に活性化されるかといえば、そうではないだろう。今日、われわれが実感しつつある日本のインターネットをめぐるある種の閉塞感と言うものを考えると、それはインフラが光かメタルかという問題とはまったく次元が違うと思う。

「インターネットを使わない」理由だが、これを見るとネットの普及が進まないのは料金の問題よりも他の要因の方が相対的に大きいことがわかる。つまりは固定回線のネットを利用することにさほど魅力が感じられていないのだ。もちろん都市部のデジタルネイティブな国民の間では、ブログやTwitterなどのソーシャルメディアやさまざまなリッチコンテンツを楽しむ文化ができあがってきているが、しかしたとえば地方の高齢者などにはそういう文化は比較的伝わりにくい。本来そうした層に送り込むべきインターネットのサービスは、たとえば健康管理やセキュリティといった、もっと生活に密着したサービスだ。
「ソフトバンクの「光の道」論に全面反論する(下)」  佐々木俊尚)

最近、「日本の医療ウェブの成熟度」ということを考える機会が多いのだが、たしかに日本の医療インターネット分野において、生活に密着した便利な医療サービスの数は驚くほど少ない。欧米に比べると、日本のインターネット医療サービスの貧困という現状は否定できない。そしてこのことは「光の道」の達成、つまりインフラ整備の問題とはほとんど無関係である。

トークセッションでは、今後のインターネットの重点分野として医療と教育があげられた。孫氏はEHRや遠隔医療などが「光の道」によって実現されると力説するのだが、その論旨は、ここ10年来、厚労省や総務省などがぶちあげてきたさまざまな「高度情報化医療」イメージと同工異曲であり、その強い既視感と「いまさら感」にしらけてしまった。問題は佐々木氏も指摘するように「なぜ、EHRはじめ情報システムが医療においては実現されないのか」というシンプルな問題点にあり、これは日本医療(医療界、厚労省、および周辺)が持つ独特の閉鎖的カルチャー、ITゼネコンをはじめとする既得権益囲い込み路線等を剔抉批判し、新たなスキームを構想し実現していかなければ解決されないはずだ。

医療・医薬品業界はこうした「反ネット」が非常に多く、たとえば処方箋はウェブ経由で医師が薬局に送信できる「ウェブ処方箋」という新方式が検討されたことがあった。寝たきりの患者を対象に、往診した医師がウェブ経由で薬局に処方箋を送り、薬局が患者宅に郵送するというシステムである。しかし「対面しないで売るのは良くない」という結論になり、結局ウェブで処方箋が送られた後に、患者の家族が処方箋の実物を薬局に持って行かなければ受け取れない、というルールに変更された。これではウェブで送る意味はほとんどない。

また電子カルテもまったく進んでいない。医療系のコンサルタントに発注するとあまりにも高価な金額になってしまうため、小規模な病院や診療所では手が出せないのだ。こういうところにどうして安価なウェブ系のサービスが入っていけないかといえば、結局は厚労省を頂点とした業界構造の問題に行き着いてしまったりする。ベンダーが多数乱立し、それぞれの電子カルテシステムにはまったく互換性がない。これを国際標準のHL7というデータ形式に変換して相互接続しようという試みは、経産省の「ドルフィンプロジェクト」で行われているが、実証実験にとどまっていてまったく普及していない。医師会が積極的ではないからだ。(同上)

数年前、アメリカでWeb2.0が台頭してきたとき、日本に比べアメリカの情報回線は非常にお粗末な状況であった。しかし、劣悪なインフラを超えて創造性あふれるサービスがさまざまに出現し、やがてそれは世界を支配するようなビッグビジネスに成長した。かたや日本では、ブロードバンドなど高速回線がいちはやく整備されながら、新奇性のある創造的なサービスは数少なく、まして世界を支配するようなプラットフォームを創造することはできなかったのだ。

医療においても同様にアメリカでHealth2.0ムーブメントが立ち上がり、ここ数年、さまざまに多様で独創的な医療サービスが多数出現した。では日本の現状はどうか。独創的なアイデア云々以前に、まずエントリーするプレイヤーも新規事業も数が少なすぎる。そして、むしろ旧来の医療カルチャーに同化するような方向性を示すケースは多いが、新しいフロンティアを切り拓こうというような方向性は少ない。また、GoogleHealthやマイクロソフトのHealthVaultなどのPHRシステムは、いまだに日本では影も形もない。トークセッションで語られていたように、いずれGoogleHealthやHealthVaultは日本にもやって来るだろう。このことは、日本の医療プラットフォームを海外に独占されることを意味する。

そんなことを考えながらトークセッションを見ていたが、やはり孫氏のビジネスマンとしての勘には敬意を払わなければならないと思わせる場面もあった。それは孫氏の言葉では「医療クラウド」と語られたPHR構想に関するもので、PHRに蓄積された医療データを製薬業界の新薬開発で使用できるようにし、その代わりPHRシステムの開発・運用コストを負担してもらうというものである。これはPatientsLikeMeやPractiseFusionなどのビジネスモデルと同じ発想であり、またTOBYOプロジェクトのDFCとも通底するものである。

医療データの流動化および還流によるマネタイズというスキームこそが、新しい医療サービスの実現可能なビジネスモデルであると見抜いているところは、さすがだと感心した。

三宅 啓  INITIATIVE INC.


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