ネット医療情報利用実態と今後の展望

Shinjuku_Sky0910

以前、ブログなどで闘病体験を公開している日本の闘病者はおよそ三万人であり、全患者に占める割合は非常に小さいと書いた。このことについて、その後あれこれ考えていたのだが、去る6月「Pew Internet & American Life Project」が発表した米国におけるインターネット医療情報利用実態調査報告書を見ると、やはり同じような傾向が米国にもあることがわかった。Health2.0ムーブメントの隆盛がある一方では、このような厳しい現実も存在することを直視したい。

まず同報告書は「米国成人のうち61%が医療情報を求めてインターネットにアクセスしており、これは2000年(25%)から著しく増大」としている。しかし「インターネットの世界に一層深く関与しつつも、引き続き米国成人は医療情報のトラディショナルソース(医師、家族、書籍等)も参照している」とも指摘している。そして注目すべきは同報告書が「インターネットによる医療情報利用者のうちの約半数は、自分のためにではなく、誰か他人の代理で情報を検索している」と指摘しているところだ。これでいくと、実際に自分のためにネット上の医療情報を利用しているのは成人の約30%になる。

また同報告書はSNS利用実態にも触れ、SNSで闘病体験を配信したり、友人の体験を参照したり、あるいは医療関連グループに参加するような活動は、非常に低調であると報告している。米国成人のインターネット医療情報利用者のうち、39%がFacebook等のSNSを利用しているが、そのうち医療関連で他人のエントリを参照したことがある者は22%、自分で健康医療関連情報をポストした経験がある者は15%にすぎない。

総じて同報告書は、健康医療関連でエントリやコメントをポストしたり、タグ付け分類したりするようなネット上の積極的なユーザー行動は低調であるとし、ユーザーは情報の発信者であるよりも受信者にとどまっていると指摘している。意外な結果ではあるが、おおむね日本の闘病サイト3万件という実態と合致する。また米国で一時乱立した患者SNSが、PatientsLikeMeのような一部の成功事例はあるものの、全体としてあまり元気ではない現実とも合致する。患者全体から見て、闘病者の積極的なネット行動はまだまだ数少ないのである。

これまでTOBYOプロジェクトで私たちが経験してきたことと、この調査結果を突き合わせてみると、実はあまり大きな齟齬感はない。それでも一番残念なことは、もっと積極的なユーザー行動を期待していたのだが、それは過大な期待であることが徐々にわかったという点だろう。TOBYOでいうと、たとえば「みんなでタグやコメントをつけながらネット上の闘病体験を整理していく」という機能など、どうもユーザーにはわかりにくかったようだ。そのため、途中から「闘病サイト基本情報閲覧とサイト横断全文検索」の誰にでもわかる二点に訴求点を絞ることになった。他方では、基本的なリテラシーがまだ成熟していないことも経験した。

また、「日本の闘病ユニバース3万サイト」を大きいと見るか小さいと見るかだが、このサイズでほとんどの疾患をカバーできるのだから、このサイズでも十分な情報量であると理解して良いだろう。だが、今後も新しい体験、新しい情報を継続して蓄積していくためには、闘病体験を公開するサイトが増加し、闘病ユニバース全体が持続的に活況を呈するように、TOBYOプロジェクトが微力ながらも何らかの役割を果たしていきたいと思う。

TOBYOプロジェクトは、今後も引き続き闘病ユニバースに存在する全サイト、全体験を可視化していく。そして闘病ユニバースの可視化が進んでいけば、やがてTOBYO以外の新規プロジェクト群が立ち上がってくることが期待される。TOBYOは単独でなにもかも囲い込むプロジェクトではないし、そんなことは不可能だ。むしろTOBYOは闘病ユニバースのインフラツールであり、単独で何かを独占するものではなく、オープンでパブリックな共有ツールというポジションこそが似つかわしいと考えている。そのために、たとえば検索エンジン「TOBYO事典」APIの公開なども検討している。闘病ユニバースを中心としたエコシステム(経済圏)というものが形成され、日本の闘病者をエンパワーするような存在として力を蓄えて行けば、きっと日本の医療は大きく変わるはずなのだ。私たちは、最終的にそのことをめざしている。

三宅 啓  INITIATIVE INC.


ネット医療情報利用実態と今後の展望” への2件のコメント

  1. 初めてコメントさせていただきます。
    私は長期間の闘病経験者で、おそらく三宅様と似たような思いを持ち、現在「患者のコツ」というサイトを個人的に発信しております。
    私の主観を述べさせていただくと
    ●『闘病体験を公開している日本の闘病者はおよそ三万人であり、全患者に占める割合は非常に小さい』というのは、闘病患者は「残したい」という強烈な熱意がないとなかなか残そうとしないのではないかという点と、病院内でパソコンが使えないところが多いのも挙げられますし、心無いコメントが患者の心を疲弊させる点も挙げられると思います。
    ●『インターネットによる医療情報利用者のうちの約半数は、自分のためにではなく、誰か他人の代理で情報を検索している』というのは、闘病する患者は自分の身を支えるだけで精一杯で、インターネットでくまなく情報を得ようと思う体力がないからではないでしょうか。もちろん人によって違うでしょうが、私の場合も「見つかるかどうかわからない情報を求めてインターネットを使うほど余裕がなかったです。
    ●『一番残念なことは、もっと積極的なユーザー行動を期待していたのだが、それは過大な期待である』については、前述のような「熱意」によるものと、「他人に興味を示さない」風潮もあるかもしれません。

    素人なので的確な分析はできないですが、三宅様のムーブメントに賛同するものとして申し上げたいことは、現在「何かを調べる」ときに「インターネット」を使う方はとても多いので、今後は「検索」から色々な情報が得られる形を作ることは乞われる流れかな、と思います。ただ患者だけでなく医療者にも「利」のあるものでなければならないと感じています。患者の「利」だけを考えた媒体は、多くは医療者の動きを縛るものであり、反発も多かったと想像します。

    長くてすみませんでした。また参ります。

  2. 猪又篤志様

    コメントを頂戴しありがとうございます。

    闘病者のネット上での活動が、意外に消極的なものであることは残念ですが、これも今後徐々に活動的になるだろうと思っています。しかし、そのためには闘病者がおもわず「使ってみよう」と思うような、魅力的で便利なツールやサービスが登場しなくてはなりません。その意味で、日本のウェブ医療サービスはまだまだ量も質も不足しています。日本でもHealth2.0のようなムーブメントが本格的に動くように、私たちはTOBYOを立ち上げました。

    「患者のコツ」拝見しました。患者と医療者双方に目配りのあるユニークなサイトですね。

    当方はこのブログをお読みいただければおわかりのように、圧倒的に軸足を「闘病者」に置いています。端的に申し上げて、まず私は医療者ではないからです。しかし、闘病者の立場に立ちきることと、医療者とコラボレーションすることは矛盾しないとも考えています。

    また今後も、当ブログをのぞいてください。

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