ある物理学者の闘病体験データベース構想

ある方から教えていただいて、世界的物理学者で元東京大学宇宙線研究所長の戸塚洋二氏の闘病ブログサイト「The Fourth Three-Months」 の存在を知った。大腸から始まって肺、骨、脳と転移した自己の「がん」との闘病体験を、科学者らしく客観事実とデータを中心にまとめ上げたこの闘病記は資料価値の非常に高い記録になっている。残念ながら戸塚氏自身は昨年夏に亡くなっている

だが、この闘病記において戸塚氏は、自己の闘病体験の他に、ある一つの重大な提言をしている。それは「闘病体験データベースの構築」ということだ。そして奇しくもこのことは、まさに私たちがTOBYOで目指していることなのだ。

インターネットで「大腸がん」を検索してみると膨大なヒット数がありますし、ブログにも(私のも含めて)多くの体験談が載っています。しかし、検索に便利なように整理されていないことがネックで、上のような疑問の答えを探そうにも手に負えません。

何とかならないでしょうか。思いつくままにちょっと提案してみたいと思います。

まず、がん患者の知りたいことのほとんどは、上にあげた私の例のように、主治医には答えられないか答えたくない事項なのです。

われわれにとって本当に必要なのは、しっかりと整理され検索が体系的にできる「患者さんの体験」なのです。

当然ですが、これらの整理された体験談は例数が増えるにしたがって学術的にも貴重なデータになることは間違いありません。大学病院の先生方が細々とした科学研究費補助金をもらって個人的かつバラバラに調査を行っているようですが、全国的に体系がとれ整理されたデータでないとあまり役に立たないのです。

そのように整理された体験談があれば、検索によってその記録を見つけ、私にとって大変参考になる情報なら「自己責任」でもってそれを利用すればよいのです。

「大腸がん患者」にとって欲しいデータとは何か

いや驚いた。このように「患者体験データベース」の必要性を考察していた人がいたとは。是非、生前に一度お目にかかりたかった。そしてTOBYOに対して、闘病者としてサジェスチョンをいただきたかった。特に戸塚氏は「具体的な情報」を重視しておられたようだが、これも私たちのTOBYOプロジェクトの発想と一致する。このブログで再三指摘してきたが、患者体験を「勇気がもらえる、元気が出る、感動の」などと情緒的に飾り立て物語化するのではなく、あくまで具体的な「事実」という側面で評価し活用すべきだと私は考えてきた。また、「語りの云々」とかで、闘病体験を再現スタイルや迫真性などの観点で捉えたり、事実ではなく、もっぱら感情面の把握に主眼を置くような一部の動きに対し強く違和感を感じてきたが、戸塚氏も次のように記している。

そして、患者の私にとって知りたいことは極めて具体的なことなのです。いくつかを書いてみると、

・同じ病歴を持つ他の患者さんは、私が今抱えている抗がん剤の副作用を経験しているのか、その軽減策はどうなのか。
・今の抗がん剤が効かなくなったとき、他の患者さんはどのようなチョイスをしたのか。
・間質性肺炎にかかったが、その前兆がなかった。次の予防のために、他の患者さんの場合、前兆現象があって予防ができたケースがあるのだろうか。
・同じ病歴のある患者さんはあと何年くらい生きていたのだろうか。

等々きりがありません。

このような具体的な情報をピックアップするためには、残念ながらディペックスのデータベースは目的が違うようなので、あまり役に立ちません。

「がん体験をめぐる語り」のデータベースを作ろう・公開フォーラムに参加した印象

まさにこの「患者の私にとって知りたいことは極めて具体的なことなのです」との闘病者の声に、応えていくことがTOBYOの使命だと考えている

三宅 啓  INITIATIVE INC.


ある物理学者の闘病体験データベース構想” への3件のコメント

  1.  ガンファイターと申します。

     ノーベル賞有力候補の故戸塚洋二東大特別栄誉教授のブログは、膀胱がんの中でも珍しい尿膜管がんとの闘病を続ける私にとって、次の点が大変参考になりました。

     2007年4月に私が診断を受けた膀胱がんの中でも珍しい尿膜管がんは大腸がんの治療が試みられることから、故戸塚先生の受けた治療や収集・分析されたデータに関心があります。
     私は、CT検査では何も映っていないのですが、腫瘍マーカーCA19-9が異常高値を示しています。
     今のところは主治医の判断にしたがい、CT写真による病巣未検出及び腫瘍マーカーの正常値化という完全寛解を目標に加療入院を続けています。

     この解釈で良いのかと疑問に思い、故戸塚先生のブログを調べていると、The Fourth Three-Months : ある大腸がんの報告―4(http://fewmonths.exblog.jp/9061788/)に次のとおり書いてあり、大変参考になりました。

     マーカー値の増大と腫瘍サイズの増大に間に比例関係はない。従って、抗がん剤の効果を判定するとき、安易にマーカー値増大を指標に使うべきではなく、CT写真による腫瘍サイズ増大を使うべきである。

     また、故戸塚洋二先生のブログを読んで、患者にとって、1共感ができること、2違和感があることを次のように整理しました。

    【患者にとって共感できること】
    ・検査データを科学者の視点から分析されていたこと。
    ・「科学者たるもの、まずデータを分析してからものを言うようにしましょう。」をモットーにニュースを分析されていたこと。
    ・知的水準の高さ、病気や治療に対する知識の高さが、延命期間につながっていると解釈できること。また、知識を患者と共有されようとしていたこと。
    ・24時間のがん患ではなく、できるだけ学会や会議に参加されるなど、生活と闘病を両立されようとしていたこと。
    ・日本及び大学の将来を考えられていたこと。
    ・大学や研究者にエールを送られていたこと。
    ・伝える価値があるものをブログで伝えていたこと。
    ・世間の死者への賛歌、ドキュメンタリーの手法は、生者の観点から捉えたものであるという分析を打ち立てたこと。

    【患者にとって違和感があること】
    ・ブログを通じて、闘病生活の共有化を図られていたと思いますが、ブログを読みに来る読者は、知的水準の高い人も低い人もいます。読み手となる読者との差がありすぎると、ちょっと分かりにくいという感じもします。
    ・特定した新聞社説の論説委員は気楽な稼業というシリーズがいくつかありますが、これはノーベル賞に最も近いと言われていた学者だからこそ書き得ることだと思います。普通の匿名患者ブログではとてもできません。
    ・故戸塚洋二先生は、科学者であるせいか死後の世界については否定的でした。患者力の中心である「体力」、「(体力の)予備能力」、「免疫力」、「気力」、「知力」、「「霊力(スピリチュアリティ)」」のうち、科学者であるせいか「霊力(スピリチュアリティ)」の分析がもう少しあればよかったと思います。(ただし、霊力(スピリチュアリティ)についてのブログエントリー(記事)はいくつかありました。)
    ・CT等の画像データをあまりにも簡単に入手されていますが、私が入院している病院では画像データを見せることはあっても患者に渡すことはないので、特別なルートがあるのかと思いました。
    ・主に物理科学で、世界の科学技術の大きなパラダイム変化を起こすきっかけになった発見や、戸塚先生私身が疑問に思われたり、またよく理解できない発見などをいくつか取り上げた「科学入門シリーズ」は、一般のブログでは書かれることがないものです。

     TOBYOには、こうした視点のブログが多く登録されることを期待します。

  2. ガンファイターさん
    いつも貴重なコメントを頂戴し、ありがとうございます。
    ご要望に沿うように、TOBYOでは今後も、優れた闘病サイトの情報収集に注力していきたいと思います。

  3.  ガンファイターです。

     NHK番組「物理学者がんを見つめる ~戸塚洋二 最期の挑戦~」が、2009年7月5日(日)午後10:00~午後11:30(90分)にNHKのハイビジョン特集で放送されました。

     また、この番組の再放送予定は、次のとおりです。

     BS-hi
     2009年7月12日(日)16:30~17:29
     ハイビジョン特集 「物理学者 がんを見つめる ~戸塚洋二 最期の挑戦~」

     総合テレビ
     2009年7月14日(火)22:00~22:58
     ヒューマンドキュメンタリー 「あと数か月の日々を A Few More Months  ~物理学者・戸塚洋二 がんを見つめる~」
    ※ハイビジョン特集の内容を再構成

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