People Get Ready


昨日、仕事を早く片付け、中野サンプラザへ山下達郎コンサートを聴きに行った。ファンクラブのメンバーである妻の知人が、私が古くからの達郎ファンであることを知って、昨年暮れから始まった全国ツアーの掉尾を飾るこの日のチケットを入手してくれたのである。これまでシュガーベイブ時代から、達郎氏の作品は発表のたびに全部入手してきたが、コンサートと言えば1976年のシュガーベイブ解散コンサート以来であり、なんと33年ぶりのライブ体験なのである。

ニューヨークのストリートコーナーを模した舞台オブジェをバックに登場した達郎氏。全国ツアーでしっかり歌い込んだ声は絶好調で、かつて、学生時代に聞いて驚嘆した、あの大きく張りのある声を再び生で聴くことができた。夕刻6時半に開演したコンサートは、終わったのがなんと10時半。ライブパフォーマーとしての力は衰えず、まったく時間の長さを感じさせなかった。あっと言う間にフィナーレになだれ込み、シュガーベイブ時代の「ダウンタウン」が演奏されたが、聞きながら、なんだか複雑な思いが去来するのを感じた。そう言えば33年前、荻窪ロフトの解散コンサートのラストで、この曲のイントロと同時に「これで最後だ!」と叫んだ達郎氏の声が今も耳に残っている。その同じ楽曲が33年の時間を越えて、目の前でライブ演奏される場に立ち会う自分。まるでこの33年間という時間が、まったく存在しなかったような錯覚に襲われた。

演奏された楽曲は、もちろん歌詞まですべて諳んじているのだが、今回のコンサートで最も印象に残った瞬間は、「蒼茫」のラストで、カーティス・メイフィールドの名曲「People Get Ready」の一節が呼び出された時であった。この「蒼茫」は達郎氏の作品の中でも異彩を放つ楽曲であるが、考えてみればこの曲の主題は「People Get Ready」から着想されたものではなかったか。一節だけでなく、実はもっと「People Get Ready」を聞きたかった。

People get ready, there’s a train a-comin’
You don’t need no baggage, you just get on board
All you need is faith to hear the diesels hummin’
Don’t need no ticket, you just thank the Lord

今、私がこの曲を「特別な曲」と感じるのはなぜだろう。それは、私がこの曲の歌詞から、2006年に提起された医療の新しいムーブメント”HealthTrain:the Open Healthcare Manifesto”のことを連想してしまうからではないか。またこれに先立って、1999年にデビッド・ワインバーガーらが発表した「The Cluetrain Manifesto」のことも想起される。そう、すべてはここから始まったのだ。Health2.0もTOBYOも。

2006年11月に発表された”HealthTrain:the Open Healthcare Manifesto”の序文には、次のように力強く宣言されている。

医療メディア手段としてのインターネットの性質は変化している。最初のオンライン技術の波は、諸団体にトップダウンやコマンド&コントロール方式のコミュニケーションを、新しいチャネルへ拡張することを可能にした。しかし今やオープンパブリッシング技術の新しい波は、専門的訓練を受けようが受けまいが、個人が全世界の受け手とコミュニケーションし、医療に関連する情報や意見を共有することを可能としている。

このコミュニケーションは、ブログ、ポッドキャスト、Wiki、掲示板、ビデオキャスト、コラボレーション、コミュニティそしてレビューサイトなど、他のソーシャルメディアやピアトゥーピアサービスと同じく、多数のフォーマットを通して起きている。この草の根メディアは、医療エスタブリッシュメント機関の許可や承認を得ようと得まいと関係なく、爆発的に成長を続けている。この「オープン・ヘルスケア」運動に多大な影響を与えた「Cluetrain Manifesto」が以前予言したように、医療は「新時代」へ入りつつあるのだ。

私たちは当時、TOBYOのプロトタイプを設計しつつあったが、このマニフェストはTOBYOのコンセプトと進むべき方向性を極めて明解に示してくれたのだ。

60年代の公民権運動に影響されて作られた「People Get Ready」は、文句なしにソウルミュージックの傑作であるが、今、TOBYOに取り組んでいる私にとって、それは「Cluetrain Manifesto」そして「HealthTrain」さらにHealth2.0へと続く一連のムーブメントの、まるでテーマソングのように鳴り響くのだ。達郎氏の圧倒的なボーカルパフォーマンスを楽しみながら、そんなことを考えていた。

三宅 啓  INITIATIVE INC.


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