PracticeFusion社の衝撃

先日、NTTPCコミュニケーションズが医療情報サービス企業と組み、診療所向けにEMR(電子カルテ)システムをSaaS(Software as a Service)で提供するとの記事を読んだ。全国約9万件の診療所は、病院のような大規模なEMRを必要としないので、SaaSベースのEMRシステム提供は今後増えるだろう。しかしこの記事を読んで思い出したのは、PracticeFusion社の無料EMRシステムのことである。

米国では最近、改めて「Disruptive Innovation」(破壊的イノベーション)を実現したと同社を評価する声が高まっているが、たしかにPracticeFusionが医療IT市場に与えたインパクトは大きい。何といっても「無料」のEMRである。以前のエントリでも取り上げたことがあるが、従来、既存ベンダが提供する診療所向けEMR価格(初期投資)はおよそ2万ドル。さらにメンテナンスやアップグレードの費用が加算され、医師個人にとって負担は大きく、結局、導入コストがEMR普及の足を引っ張る要因であった。

PracticeFusionはGoogleと組み、広告を配信することで無料EMRを実現した。またSaaSベースであるから導入は短時間で済み、システムは自動的にバージョンアップされ管理運用も簡単である。

日本でもこのような無料EMRは実現可能だ。たとえば広告会社だが、そろそろマスメディア依存をやめ、「医療情報プラットフォーム」のようなビジョンを打ち出し、手始めに広告ベースの無料EMRを全国9万件の診療所に提供してはどうか。また、これは単にEMRと広告ネットであるだけではなく、医療現場を繋ぐ新たな診療所ネットワークでもあるから、このネットにコンテンツやサービスを配信すれば、新しいビジネス領域が出現するはずだ。

まず考えられるのは新しいスタイルの医師SNSだ。医療現場で使われるEMRネットワークを同時に医師SNSネットとして提供することにより、医療現場の問題解決に医師の集合知をリアルタイムで活用することが可能となる。これは従来単体で立ちあげられていた医師SNSとは違い、医療現場をダイレクトに繋ぐネットワークであり、現場ベースでの知識と体験の交流を可能とするだろう。たとえば、検査データや映像など医療情報をEMRベースで遠隔の専門医に見せ、アドバイスを得ることもできるだろう。また、医療現場の各種調査を統一パネル化し、製薬メーカーや消費者に提供することも可能となる。

ここまで考えるともうEMRという範疇を逸脱しているのかもしれないが、要は無料あるいは限りなく安い医療情報プラットフォームを構築するという点にある。PracticeFusion社はこのように、単なる医療ITを越えた新しいビジネスモデルの可能性まで予感させるのである。

三宅 啓  INITIATIVE INC.


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