医療情報の流動性

BoozAllenHamilton

昨年末頃から、米国のHealth2.0コミュニティ周辺で「医療情報の流動性」(Health Information Liquidity)という言葉を見かけることがしばしばあった。しかしTOBYOの仕事に没頭していたこともあり、この背景を調べることまで手が回らなかったのだが、なぜか「これは重要な言葉だぞ」という直感があった。

というのは、特に日本で医療情報利用の問題を語るとき、過度に「プライバシー&セキュリティ」というクリシェが持ち出される傾向があり、これに対し少なくない違和感を持っていたからである。むしろ日本では、医療情報のフロー的側面よりも固定的ストックの側面が強調されるあまり、EMRなどクローズドな医療情報システムしか普及しない土壌が出来上がってしまったのではないだろうか。これは「Information wants to be free」というweb2.0以来の新たな情報観に照らしてみて、明らかに逆行する時代遅れのものである。

しかし常識的に考えても、すべての情報は固定化されるよりも自由にフローする方が価値は高まるはずだ。個人の医療情報も、診療所、病院、検査機関、保険機関、役所などに固定化されるよりも、PHRのようなプラットフォーム上でフローし共有される方が消費者本人の利便性は高まる。また医療機関の間で医療情報がフローしなければ、無駄な検査や診察が増えコストを押し上げることになるだろう。現状は、それぞれの医療関連プレイヤーが消費者の医療情報の断片を、てんでばらばらに紙や電子カルテに固定化して仕舞い込み、決して他のプレイヤーと共有することはないのである。

またこの「医療情報の流動性」を別の面から考えてみると、たとえば昨日のエントリでも触れた今後の医療の中核的情報システムと目されるPHRも、この「流動性」が確保されなければその力を発揮することさえできないのである。今後、ますます社会全体で医療情報を共有するようなシステムが必要になるはずだが、それも「情報の流動性」が大前提となることは間違いない。

そんなことを考えているところへ、今週はじめ米国コンサルティング会社のBooz Allen Hamilton社と全米病院協会が、まさに「医療情報の流動化へ向けて」(Toward Health Information Liquidity)と題するレポートを発表した。副題には「医療情報の自由なフローによる、より良い、より効果的なケアの実現」とある。

医療情報技術だけで、劇的にケアを改善しコストを削減することは不可能である。たとえ情報が電子化されていても、それが医療機関の枠を超え外部で自動的に共有されることはない。われわれの調査の過程で、医療供給を変革し情報フローを改善するために、医療政策と市場変化を結合する二つの加速器が現われてきた。一つは、単にEHRの導入を焦点化するのではなく、むしろ患者と医療機関の間の医療情報フローとコミュニケーションの強化を焦点化すること。二つ目は、患者中心医療システムの実現へ向けた大胆な措置をとることである。“Toward Health Information Liquidity: Realization of Better, More Efficient Care From the Free Flow of Health Information”

レポート冒頭のサマリーにはこのように述べられているが、まったく同感である。これまでEMRとかEHRとかの導入自体が、何か医療変革へ向けた重要案件であるかのように論じられてきたのだが、それよりも「医療情報の流動化」を具体的にどのように確保するかの方が重要なのだ。そして、これは簡単なことではないだろう。なぜなら、従来の医療界の文化を根底から覆すことさえ予測されるからだ。従来、医療情報のコントロール権を握っていたのは医師であった。だが、「医療情報の流動化」が進めば医師はコントロール権を失い、最終的には消費者個人へと移ることが予測される。上記サマリーに「患者中心医療」という、これまたある意味でクリシェ化した言葉が見える。だが、ここでこの言葉が使われている意味を少し深く考えてみれば、この言葉が「消費者が自分の医療情報をコントロールする医療」を指していることがわかるだろう。

<レポートPDFファイル>  ”Toward_Health_Information_Liquidity

三宅 啓  INITIATIVE INC.


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