書評:「誰が日本の医療を殺すのか」本田宏著、洋泉社

WhoKilledJapanMedicine遅まきながらの書評。医療界では評価が高いらしい。本書タイトルは、昨年六月米国で出版された、ハーバード・ビジネス・スクールのレジナ・ヘルツリンガー教授による「Who killed Health Care?」(誰が医療を殺したか?) を連想させるものだが、その内容は、ほとんど正反対だと言えるだろう。これを書名に即して言えば、「誰が医療を殺したか?」の「誰」が、両書ではまったく違うのである。それはヘルツリンガーの書においてはAMA(米国医師会)に代表される医療界守旧派であるが、本書著者の本田宏氏においてはどうやら「政府・厚労省」のことを指しているようだ。

本書の構成を目次で見ておこう。

第一章:今、医療現場で何が起こっているか
第二章:どこを見渡しても日本に医師は余っていない
第三章:このままでは医療ばかりか日本が崩壊する
第四章:日本の医療は本当に高いのか
第五章:医療崩壊をもたらす国の「甘いワナ」
第六章:日本の医療に明日はあるのか

日本医療の現状に対する、著者の悲憤慷慨はよくわかった。なるほど、日本は「社会舗装国家」であり、公共事業への大盤振る舞いさえ抑制すれば、かくも性急に医療費縮減を図る必要はないだろう。本来、社会インフラとしてのプライオリティのつけ方にバイアスがかけられており、医療よりも「道路づくり」が優遇されるということ自体がおかしなことなのだ。

それらの主張には納得できたのだ。だが全体として、著者が悲憤慷慨ぶりを大声で強調すればするほど、かえって医療界以外の人間には共感が薄らぎ、むしろ「引いて」しまいそうになるのはなぜなのだろう?。具体的に指摘すると、たとえば第四章の「病院は儲からないシステムになっている」(P132)などだが、経営指標について、このようなマクロな産業連関表みたいな図を持ち出しても、何の意味もないはずだ。「もうかるか、もうからないか」は、各市場間のマネーフローを取り出しただけでは、何とも決定しがたいはずだ。しかも隣接市場や他の産業セクターに、当該市場からマネーが還流するのは当たり前のことだ。

また第五章の「『電子カルテ』は国の第二の公共事業」というセクションにおいても、「一体、そもそも、今日の情報化社会に対する基本認識はあるのか?。いつの時代の話なんだ?」という疑問さえ立ちあがり、そのアナクロニズムに眩暈さえおぼえたのである。たとえば次のような言葉を、どうやれば平然と読み終えることができようか。

「実際にパソコンがこれだけ普及しても、一般社会で新聞や雑誌がなくならないように、紹介状や承諾書など必要な書類はやはり紙に印刷しておかないと、いざという時に確認ができない。このため、結局は病院内でも印刷して保存しておくことになる。何か記録を見るために、いちいちコンピュータ上でクリックしてその場面を出していたらとても業務が回らないことは、サラリーマンの方々のほうが体験的に理解していただけると思う。」 (P170)

当方はこの著者よりも年長だが、上記のような著者の主張にはまったく同意しかねる。同時に、もう20年ほど前だったか、以前の職場の計数管理が全面的にコンピュータ化されたとき、50代半ばの先輩が「こんな非人間的な仕組みをつくりやがって!」とぼやいていたのを思い出した。そういえば本書全体から、あの先輩の呪詛と同質の、何か時代から取り残された世代や業界の「怨嗟」に近いニュアンスが立ち昇るのが読みとれるのだが、それが先述した「共感の希薄さ」の原因なのかもしれない。また、これでは「医療のIT化」は進みそうもなく、これは日本の患者にとって、大変不幸なことだと言わなければならない。

医療現場の窮状など、学ぶべきところもあるのだが、本書は、まず医療界以外の人々に向けて、どのように「医療崩壊」の現実を語ればわかりやすく共感されるようになるか、という基本的なコミュニケーション戦略の部分で失敗していると思われる。しかし、少なくとも「医療の限界」(小松秀樹,新潮社)よりは、まだしもかも知れない。大衆に向かって、「武士道」や「死生観を持て」と説教するよりはましかも知れない。

数年前に、ある公的機関が主催する公開医療シンポジウム席上、ある高名な医師が講演して、「私は患者のために医療をしていると考えたことはない。全部、自己満足のためにしているのだ」と壇上から胸を反って発言しているのを目撃したことがある。反吐が出そうになった。医療者という人たちは、自分たちの発言がどのように聞き手や読み手に受容されるのか、少し慎重に考えてみてはいかがか。

三宅 啓  INITIATIVE INC.


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