広告業界の後姿

昨日エントリで、戦後日本の消費社会を画する「潮目」の話をした。この「潮目」以降、コマンド&コントロール型マーケティングは実質的に終わったのであるが、そのことはまた、このタイプのマーケティングのエンジン役を果たしてきた広告業にも影響を与えることになった。本当は、それは広告業界にとって本質的な「脅威」であったが、このことを表だって広言する者はおらず、「脅威」は水面下に封印されてしまったのだ。

そして「潮目」からおよそ10年たった1995年。インターネットが本格的に社会に浸透し始め、それまで水面下に静かに潜行していた「脅威」はその破壊的パワーを蓄積しつつ、徐々に浮上し始めたのである。だが20世紀を通じて、水面下の「脅威」は可視化されず、誰もが「業界」という船上豪華パーティーにうち興じていた。

今日、「潮目」からおよそ20年が経過した時点で、それまで水面下の不可視の領域にあった「脅威」は一挙に浮上し、目を開きさえすれば誰にも明瞭に直視できる姿かたちを見せている。改めてこのことを、ここでいちいち検証する必要はないだろう。そして奇しくもこの時点で、日経朝刊「私の履歴書」に電通の成田顧問の連載が始まった。氏の歴戦の「武勇伝」を読むにつれ、なにか戦後広告業界の「黄金の日々」をノスタルジックに回顧するような、そんな雰囲気がそこに漂っていることを否定できない。そこは「回顧録」であるから仕方ないとも言える。だがそこで登場する「黄金の日々」は、おそらく「潮目」前後の1980年代にピークを極め、もはや文字通り回顧すべき過去となり再び還ってくることはない。われわれがこの「履歴書」に見ているのは「広告業界の後姿」である。

20世紀の「コマンド&コントロール」型マーケティングの残像は、まだそこかしこに残っている。マスメディアや広告業など一定の規模を持つ市場が、一夜にして消滅することもない。これらは巨大な市場イナーシャ(慣性)を持っているからだ。だが、時代の歯車を誰も止めることはできない。20年前に起動した「脅威」が、やがてすべての産業の景観を一変させてしまうのはまちがいないだろう。医療とて例外ではないのだ。

三宅 啓  INITIATIVE INC.


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