書評:「インフォコモンズ」佐々木俊尚、講談社

まず、タイトルがピシッと決まっているのが気持ち良い。「佐々木本」はこれまでその内容に比して、あまりにも書名がダサ過ぎた。おそらく書名でずいぶん損をしてきたのではないか。今回の「インフォコモンズ」という書名は、佐々木氏の造語であるが、本の中身のまさにエクスプリシトな要約として秀逸である。この本は、いわばこの書名自身が自己展開され、様々な周辺概念を紡ぎ出しながら、独特の力動感を読み手に伝えることに成功していると思った。

インフォコモンズとは「情報共有圏」と説明されているが、これは当方がたびたび主張してきた「闘病ネットワーク圏」と通底する概念であり、その意味で著者の論考に共感するところは多い。ただしインフォコモンズは、たとえば検索エンジンによって検索ごとに可視化されるようなアドホックに生成される領域であり、これは情報探索者の能動的な検索行為のいわば「結果」として立ち現れる(emergence)可変的な領域と言えるだろう。それに対し、闘病者の情報共有圏である「闘病ネットワーク圏」は、闘病者による闘病体験の能動的なアウトプットによって自生的に作られてきた、一定の量と広さを持つ情報共有圏である。そのような差異はあるが、それよりも「パブリックな領域」として情報共有圏が位置づけられているところなど、当方の問題意識と共通する点は多い。

「パブリックスフィア」としてわれわれは「闘病ネットワーク圏」を見ているが、闘病者の個々の闘病体験というものは、もともと私的な情報である。だが、インターネット黎明期以来、闘病者は本来秘匿すべきものとされてきた私的な闘病体験を、ネット上に続々と公開し始めたのである。そしてそれらは次第に、私的に秘匿されたり占有されたりする情報ではなく、誰もが利用できるパブリックな情報へと性格を変えたのである。このような「プライベート → パブリック」という事態は、インターネットがなければ決して出現しなかったはずだ。

さて、今後の新しい情報アクセスシステムのアーキテクチャーとして、著者はその必要条件を次のように指摘している。

  1. 暗黙(インプリシト)ウェブである
  2. 信頼(トラスト)関係に基づいた情報アクセスである
  3. 情報共有圏(インフォコモンズ)が可視化されている
  4. 情報アクセスの非対称性をとりこんでいる

以上の四点を、たとえば医療情報サービスの領域に落とし込んで見ると、今後、医療情報サービス開発を行う上でのいくつかのポイントが見えてくる。まず、患者SNSなどの基本機能である「似た患者同士のマッチング」機能について言えば、患者属性を明示的(エクスプリシト)に収集するような煩雑なものよりも、すでにtruseraなどが実現している協調フィルタリングのようなインプリシトなマッチング機能がより求められるはずだ。次に、医療情報における「信頼」に基づくアクセスは今さら言うまでもないことだが、特に「闘病ネットワーク圏におけるノイズの増大」という一般傾向に対する解決策が求められよう。そして、闘病ネットワーク圏はTOBYOのような可視化ツールを必要としている。最後に「情報の非対称性」の問題だが、医療においてはこれはむしろ逆にフラット化が一層進行するのではないかと考える。

ところでこの「インフォコモンズ」というキイ概念に基づいて、著者は「Web3.0」の展望まで試みているが、それはちと早すぎるような気もする。特に日本の医療分野では、いまだに2.0さえはっきり見えないのが実情だ。

三宅 啓  INITIATIVE INC.


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