改革ドライビングフォースとしての医療消費者

RedefiningHealthcare

昨日(6月22日)、朝日新聞に「医療再生へ—危機感共有 あとは実行」という記事が掲載された。日曜日の朝食を食べながら、一通り記事を眺めたのだが、全体としては何か散漫な印象しか残らなかった。医療関係の識者二名と朝日側の論説からなる三つのパートが、何もほとんど噛み合うこともなく並置されており、結局のところ、どんな意図でこの記事が作られたのか首をひねらざるを得なかった。

その「散漫な印象」の原因は、「医療再生」という共通テーマがありながら、結局それを掘り下げて議論するための共通テーブルが設定されておらず、それは「編集」の側の問題が大きいと言えるだろう。つまりここに登場している三者が、同一テーブルではなく、それぞれ自分専用のテーブルに陣取って顔を見合わせることもなく、てんでに物を言っているような、そんな空々しさを感じたのである。

なかでも某「医療人権センター」という団体の理事長とか言う人の発言だが、「医療再生」というテーマに関連して何を主張したいのか、まったく理解に苦しんだ。「今後の医療へ提案は」と聞かれて、「病院のファンクラブというか、苦言も呈する応援団を提案したい」と答えているが、このような意味不明の「病院応援団」が、はたして医療再生の力になるのだろうか。率直に言って、このような無意味な発言を、日曜日の朝っぱらから読まされるのは苦痛だ。新聞スペースの浪費、あるいは資源の無駄づかい以外のなにものでもない。

それに対して、東京医科歯科大学の川渕教授は「ムダ、ムラ、まず正せ」と、医療の効率化と可視化を主張しているが、この川渕教授の発言だけが、この記事全体の救いになっていると思った。「有限なる医療資源をどのように効率利用するか」。これが、今後の医療改革を議論する大前提であるはずだ。

ヨーロッパでも米国でも「Value Driven Healthcare」や「Value-Based Healthcare」が医療改革コンセプトとして共有され、そこから様々な議論が起こっている。これは10年前、ハーバード大学のポーター&テイスバーグによって提起された「Redefining Healthcare」に端を発するコンセプトである。このコンセプトにおけるValue(価値)とは、まず「アウトカム」のことであり、次にそのアウトカムを実現する「価格」のことを意味している。このことは患者が望む医療が、まず第一に「良い結果」(アウトカム)であり、第二に「できるだけ安く」(価格)であることを想起すればわかるはずだ。

「有限なる医療資源の効率的活用」をはかるためには、まずこのValue(アウトカムと価格)が透明化され、そのデータは公開されなければならない。川渕教授が主張するように、医療機関ごとのアウトカムと医療価格がまず可視化されなければ、医療の効率化へ向けたドライビングフォースはいつまでたっても生まれてこないのである。

さらに患者は、当然「医療消費者」としてこの効率化プロセスに参加し、主要なドライビングフォースの担い手となるのである。可視化された「医療のValue」データをもとに、患者は医療消費者としての「選択権」を行使して、「High Value」な医療機関を選択しようとするだろう。これら「選択」は「淘汰」を生み出し、やがてValueの高度化をめぐる競争が国民医療全体の価値を高めるだろう。

川渕教授の発言を当方なりに敷衍すると、以上のようになる。と言うか、これはもう医療改革をめぐる国際的なコンセンサスだと言ってもいいだろう。日本でこのような議論が出てこないのは、アカデミズム側にポーターのような医療に斬り込む経営・マーケティング学者がいないことと、官庁をふくめ日本の医療界が、いまだに「市場」をタブー視していることに原因がある。現に医療消費者という言葉さえ、医療界では忌避する傾向がある。

消費者や患者を「病院応援団」にしようとするような某「人権センター」の発想こそ、消費者の医療における役割を矮小化するものである。むしろ消費者や患者は本来「医療消費者」として、積極的に医療に参加することが求められているのだ。そう言えば、日本におけるコンシューマリズムは、唯一医療だけを空白としてきた歴史がある。この空白を埋め、患者が医療消費者としてふるまえばふるまうほど、医療は自然に価値を高めて行く方向へ向かうだろう。

三宅 啓  INITIATIVE INC.


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