患者視点調査への挑戦と挫折

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一昨日のエントリで、以前われわれはピッカー研究所の理論を応用した医療評価システムを構想していたが、結局それを断念した経緯を簡単に記した。その後、われわれの他にも患者調査、特に「患者満足度調査」への取り組みは続いている。そこで、もう少しこのあたりの問題を考えておきたい。

ピッカー研究所が提起した新たな患者視点調査は、「患者経験調査」と呼ばれている。つまり従来の「患者満足度」を計測する調査ではない。ピッカーは「満足とは主観的態度であり、常に文化的、世代的などのゆらぎを伴う不確かな指標である」とし、これに対して「患者が医療現場で実際に経験した事実を測定しなければならない」と主張したのである。

実はわれわれも最初は、「患者満足度調査」をウェブベースのパッケージサービスとして提供することを考えていた。だがその後ピッカー理論に出会い、「満足度調査」の限界を知ったわけである。また余談だが、当時、「患者満足度調査の権威」と言われていた某国立大学教授に、医療評価全体における満足度調査の位置づけなどを直接確認しに出向いたこともあった。だがその教授のコメントは、「患者満足度調査ねえ。十年前に研究やめたもんね・・・」というものであった。この教授談話も含め、結局、日本の医療界内部では、患者満足についてさしたる研究成果をあげられなかったのだと、当時われわれは結論付けるほかなかったのである。それゆえ、ピッカー理論がやけに眩しく見えたのだ。

今から考えても、患者満足度調査に対する患者経験調査の優位性は揺るがないと思う。それに当時、イギリスNHSの委託を受けて活動していたCHIの華々しい調査成果や、その精緻な統計理論も、ますます経験調査の優位性を確信させるものであった。

われわれの患者経験調査パッケージPSI(Patient Survey Initiative)は、米国HCAHPSの調査票設計と英国CHIの統計処理アルゴリズムを基礎とし、ウェブ調査システムを使って、低価格&短期日で調査の実施とデータの分析を提供するものであった。そして、いずれ全国の病院のデータを蓄積し、ウェブで消費者による病院の相互比較を可能にすることをめざしていた。

だが、おおよその必要な機能を実装するところまで進めたのだが、最終的には断念したのである。この理由を説明しだすと長くなるのだが、簡単に言ってしまうと、何か「機が熟していない」という思いが段々と強くなって行ったのだ。特に「調査結果を、どのように具体的な現場改革へつなげるか」という問題を考えてみると、現状の日本の医療機関では、かなりの困難にぶつかることが予想できた。つまり「患者視点データをもとに現場を変革する」という仕事の流儀が、現状の医療機関で実際にワークするとは思えなかったのだ。

というわけでPSIは断念した。だがその過程で得た「患者体験」という重要な視点は、その後のTOBYOに繋がっていくのである。また一方では、患者満足度調査ではあるけれど、その後もさまざまな調査企画が試行されてきている。「果敢な挑戦」という意味ではリスペクトを払うが、それらの試行がかなり苦戦していることはまちがいない。これらの貴重な試行を活かすためには、まず医療界カルチャーを消費者志向に変えなければならないのだが、そこが一番難しい。

「患者視点で医療現場を評価する」ということでは、TOBYOもその一翼を担えるとわれわれは考えている。ウェブ上には闘病記という形で、闘病者による医療評価が、既に膨大な定性データとして存在している。それをアグリゲートして必要な情報を医療機関にフィードバックすることも、TOBYOが取り組むべき役割だと考えている。従来の統計調査とは違う、新しい情報フィードバック・システムの構築にチャレンジしていきたい。

三宅 啓 INITIATIVE INC.


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