医療リテラシー

literacy

米国の代表的な公的医療情報提供サービスとして定評のあるMedlinePlusに、「医療リテラシー」というトピックが追加された。「医療リテラシーとは、医療情報を理解し、それを使って、あなたの健康とケアの良い意志決定をするための能力のことである。たとえ進んだリテラシー・スキルを持っている人でさえ、医療情報を利用するのはむつかしいことだ。合衆国住民の約三分の一は、限られたリテラシーしか持っていない。」と医療リテラシーの重要性を説き起こし、限定されたリテラシーが具体的には次のような問題に影響を与えるとしている。

・複雑な書類に必要事項を書き入れる能力
・医療機関やサービスを見つけ出す能力
・闘病記のような個人医療情報を共有する能力
・自己管理
・慢性疾患管理
・薬の飲み方を理解する能力

以上のようなリストを読むと、患者の側に医療リテラシーがなければ、どんなに優れた医療サービスや薬剤も役立たずになってしまうことがわかる。ではどのようにすれば医療リテラシーを高めることができるかについて、このMedlinePlusの医療リテラシー・ページではその初歩からわかりやすく説明し、さまざまな医療情報の利用の仕方をユーザーに教えている。その中で興味を引かれるのは、ハーバード・メディカル・スクールが作成し医療保険会社のAetna社が提供する「医療の言葉を理解する」や「あなたの医師は何を言っているのか?」と題されたコンテンツである。

医療リテラシーとは、やはり基本的に言葉の問題である。医療現場では普通の患者になじみのない医学専門用語が使われるが、それら患者にとって意味不明の専門用語によって、時として患者・家族と医療者の間にコミュニケーションが成立しない局面も起こりうる。その場合、原則として現場での確認作業が最も重要だが、一方では、基礎的な用語を患者側がわかりやすく学べるツールが用意される必要もある。その意味で、これらのコンテンツは注目されてよいと思えるのだ。

だが、このように患者の医療リテラシーを高めるサービスはあまり多くはない。医療情報については、多くのプレイヤーが多くのサイトから提供しているのだが、医療情報の理解と利用の能力自体を高めるサービスがないのでは、せっかくの情報提供サービスも台無しである。

また、今年初めの「あるある大辞典」捏造番組事件でも、視聴者側のメディア・リテラシーについて論じられたが、リテラシー・スキルは情報の受け手側が情報の真贋を判断する力でもある。世の中は、怪しげな健康法や健康食品から怪しげな化粧品に至るまで、医療や健康に関連する怪しげな情報の洪水状態である。これはネットだけの問題ではなく、マスメディアまでふくむ問題だ。

このような情報洪水の中で、医療情報の信頼性や正確性をどのように担保するかについて、インターネット黎明期からさまざまな試行があったが、怪しげな情報と信頼できる情報を画然と切り分けることはおそらく不可能だろう。バーティカル検索エンジンなどを使えば、ある程度情報を吟味することは可能になったが、それさえ情報の安全性を100%保証するものではない。そうなると、最後はユーザー各人のリテラシーに頼むしかないだろう。

ネット上の医療情報の利用の仕方についてのユーザー調査などを見ると、ユーザーは必ず複数のサイトの医療情報を比較しながら利用していることがわかる。「怪しい系」の医療情報はともかくとして、たとえちゃんとした医療者による提供情報であっても、テーマによってはかなりの差異がある場合がある。医療分野の学説や技術は日々更新されているし、独自の治療方法や疾病観を持つ医療者も存在するからだ。そうなると、そもそも「絶対的に正しい医療情報」というものが存在しないと考えざるを得ない。たとえば、その情報の「正しさ」とはエビデンスがきちんと確認され、医療界の多数が認めているということだが、だがそれも未来永劫の真実であるとは限らない。

まして、最近、多くの医師が「医療は科学ではない」などと言い出しているが、こんな言説を患者・家族が聞くと、ますます何を信じたらよいかわからなくなってくる。科学でさえない、「相対的、状況依存的かつ脆弱な正しさ」のことを「医療」と呼ぶしかないのであれば、われわれは「真実」や「絶対的な力強い正しさ」を求めることは叶わず、多数の医療情報を比較検討することによって「信頼できる情報」を類推する能力を、自己防衛のために高め進化させるしかないのだ。今日において医療情報についてのリテラシーとは、まさに自己保存と自己防衛を賭けた生存能力のことかもしれない。

Photo “belowBehind” by leighblackall

三宅 啓  INITIATIVE INC.


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