ドイツの電子健康保険カード

GermanHealthCard

ドイツ政府が構想している電子健康保険カードは、導入に伴う技術的、法的、組織的な整備をすでに終え、いよいよ実用段階に入ったようだ。ドイツでは、これまでも電子カードの健康保険証を国民に配布していたが、これはメモリーカードであり機能は限られていた。これから導入される新電子健康保険カードは、マイクロプロセッサーが搭載されており、データの保存のみならず、さまざまな機能が追加される予定である。

この電子健康保険カードが扱う個人医療データは、大きく二つの分野に分けられている。

義務的に扱わなければならないデータ

  • 管理データ:個人名、生年月日、医療保険と支払の状態、医療保険者名
  • 電子処方箋データ
  • ヨーロッパ健康保険証

任意のデータ

  • 薬剤処方記録
  • 救急データ: アレルギー、薬剤過敏症 他
  • パーソナル薬剤リスク: 例)妊娠中
  • 電子患者ファイル: 診断記録、エックス線写真 他

ドイツの国民8000万人、病院2200、医師12万3千人、保健機関21000を、すべてこのカードで繋ごうという巨大プロジェクトであるから、当然ながら一気にすべての機能・サービスを提供するわけにはいかないようだ。そこで段階的機能導入が計画されているが、まず最初に提供されるのは上記「義務的に扱わなければならないデータ」についてのサービスである。このうち「管理データ」は、直接ユーザーにベネフィットを提供するものではないから、結局、電子処方箋とヨーロッパ健康保険証の二つのサービスが、目に見える形で提供されるわけだ。「ヨーロッパ健康保険証」サービスというのは、このカードがEU域内どの国においても健康保険証として使えるということで、旅行者にとっては便利だろう。

さて、一般的にこのような個人医療情報カードが社会にもたらすものは何だろうか?。これはPHRにも通ずることであるが、医療機関や保険者など「組織」を単位とした医療IT化から、個人を単位とした医療IT化への発想転換という点を、まず押さえておく必要があるだろう。

たとえば電子カルテやEHRを例にとると、医療機関それぞれが違ったシステム、違った形式でデータを扱うため、そしてフリーアクセスによる「病院遍歴」のせいもあるだろうが、患者データは「破片」として多数の医療機関に分散し、決して患者の医療履歴を総合的に取り扱うことはできないのである。また、検査機関、薬局などにも患者データの「破片」は分散保存され、結局、一人の患者の臨床的全体像を把握することは不可能になっている。もちろん、診察、検査、投薬の重複が日常的に発生するから、このような従来型の「組織単位の医療IT化」は、かえって医療のコストドライバーになっているのだ。

それに対し、生活者・患者を中心に置き、その周囲に医療関連組織を配置するような図を描き、常に中心点の生活者・患者へ向けて関連諸データが集約されるような、そのような医療情報スキームを創出すべきだと思われる。つまりこの場合、「個人」が「医療情報のハブ」になるということだ。これらのことは、GoogleHealthをはじめ、この間のPHRに関する議論の中で次第に明らかになってきたことなのである。

さてこのドイツの電子健康保険カードの場合、当初は扱うデータと機能は限定されているものの、最終的には「電子患者ファイル」を扱うものと想定されているようだ。この「電子患者ファイル」だが、これは早く言えばPHRと考えてよいだろう。もちろん一枚のカードにエックス線イメージデータまで格納するのは無理だろうから、ウェブ上のストレージエリアに個人医療情報を保存し、カードをアクセス・キーに使用するという姿になるようだ。

一つ感心するのは、データ管理の権限がユーザーの手にあることが宣言されている点である。これはユーザーが単なるビューワーとしてしか参加できないような、どこかの「健康ITカード」構想とは大違いである。だが、どうもこのドイツの電子健康保険カードは、ウェブとの連携があまり考えられていないようだ。先述したように最終的にはPHRと連携するのだろうが、当面はスタンド・アローンなデータストレージという位置づけになっているような気がする。

ちなみに今朝の日経新聞に次のような記事があった。

75歳以上の服薬履歴、医療機関に確認義務。重複避け医療費抑制。

厚生労働省は28日、来年四月にスタートする75歳以上の後期高齢者を対象にした新たな医療保険制度で、患者の服薬履歴の確認・管理を医療機関や薬局に義務付ける方針を中央社会保険医療協議会に提示した。複数の医師による重複検査や投薬を防止することで、高齢者医療費の抑制につなげる狙い。(以下略)

厚労省では「お薬手帳」なるものを患者に配布しているようだが、このような問題もドイツのようにカードを作れば氷解するだろう。

<参考資料>
●ドイツ連邦保健省資料
「The Electronic Health Card」(PDFファイル)

EU各国の「健康ICカード」導入状況

三宅 啓  INITIATIVE INC.


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