Health2.0の爆発とGoogleHealthの蹉跌

health2.0rise

その後もHealth2.0コンファレンスのインパクトを受けて、多数の次世代医療をめぐる論考がブロゴスフィアを賑わせている。昨年から徐々に下地は準備されていたのだろうが、コンファレンスでそれは臨界点に達したかのようである。まさに一つの待ち望まれたムーブメントがようやく姿を現し、常に「ステイタス・クォ」へと傾斜し続けてきた医療業界の「常識」や「医療観」を揺さぶり、巨大な社会的イナーシャを獲得しながら前進している。

だが、これら大きな成果をあげたHealth2.0コンファレンスであるがゆえに、そこに露わになった一つの「大きな不在」もまた際立つ結果となった。その「不在」とは「GoogleHealthの不在」のことである。

コンファレンスのプログラムが春先から固まるに連れ、またアダム・ボスワース氏が最初のパネルに登場するとアナウンスされたことも手伝い、このコンファレンスのシンボル・プロジェクトとしてGoogleHealthがデビューするのではないか、という期待が少なからずあったのである。おりしも8月には、GoogleHealthのプレゼンテーションも実施された。
つまり「コンファレンスが一つのムーブメントの誕生を宣言し、GoogleHealthがそのムーブメントを具現化する象徴的プロジェクトになる」というシナリオを夢想していたのは、おそらく当方だけではあるまい。

だが、コンファレンス直前にアダム・ボスワース氏の辞任が発表され、代わってコンファレンスに出席したGoogleプロダクト・マーケティング・マネジャーのミシー・クラスナー氏は「ウェブ上に患者の医療情報スペースを作るだけでは不十分だ」と述べ、PHRとしてのGoogleHealthを暗に批判したのである。ついにGoogleHealthはこのコンファレンスで姿を見せず、直接言及されることさえなかったのである。

これらに失望を表明するHelath2.0ブロガーの数は多く、なかでもスコット・シュリーブ氏などはGoogleに公開書簡を送りGoogleHealthの継続を求めている。だが、逆に「われわれはGoogleに多くを期待しすぎていたのではないか」と自省する声もある。

Googleが医療業界に参入することを無条件に歓迎した背景には、「このままでは医療業界は変わりそうもない」という医療業界に対する絶望があったとの指摘もある。従来からの医療業界プレイヤーに医療改革を期待することはできず、業界外部の第三者に期待するしかない、というムードがあったというのだ。そこへGoogleは格好の「希望の星」として多くの目に映った。Googleは「第三者」であり、しかも大きな成功を収めた巨大企業だけに期待は大きかったのである。

「Googleならやってくれそうだ」

たしかに「Googleの全体重を医療業界にかけて、医療を根底から変革してもらいたい」という発言さえブロゴスフィアで見られた。「そんじょそこらの者では医療改革は手に負えず、もうGoogleぐらいの巨大企業のパワーを借りるしかない」というわけだ。

これらの「期待感」はある意味で他人任せの安易さを内包している。その安易さに対する批判も当然起きてくる。Health2.0ムーブメントとは少し距離を置きながらも、ソーシャル・メディアの医療への活用を模索しているTrustedMDのドミトリー・クルーグリャク氏は、ナイーブな「Google待望論」を諫め、所詮Googleも利益を追求する一企業であることを再認識すべきだと言う。GoogleHealthの頓挫も、ビジネスモデル上の視界不良の問題があり、Googleは一企業として収益戦略から当然の判断をしただけである、と述べている。

たしかにクルーグリャク氏の洞察は合理的であり、心情的な「Google待望論」の甘っちょろさを見事についている。またビジネスモデルの観点以前に、実際にGoogleHealthがワークするかどうかという根本的問題も未解決のままである。

GoogleHealthは『コントロールしなければならないファクター』とか、『支配しなければならない環境』といった難問を抱えすぎていた。マーケティング・セオリーで言うところの非コントロール系ファクターが多すぎ、ワークするかどうかがはっきりしなかったのである。たとえばそれは「個人医療情報を医療機関が提供してくれるかどうか」という問題であった。これらは「他人まかせ」のファクターであり、自分の一存で事を進めることができないのだ。また全医療業界に新しいルールを遵守させる、つまり「環境を支配する」ということは、いかにGoogleとて無理である。

こう考えてくると、GoogleHealthの困難性とはPHRの困難性のことだと気づく。ここ一年の間に、アメリカの医療ITの世界では、EHRよりもPHRの方が注目される機会が増えてきた。Health2.0ムーブメントでも”PHR as a platform”とPHRに対する注目は高い。それは「理念」としては正しいのだろう。だが実際にワークするかどうかは別だ。

昨日のエントリーでマイクロソフトの「Live Search」の先進性に着目したが、このようなプロジェクトは必ず「ワークする」と思う。なぜならそれは、データリソースがすでに分散して利用できる形で大量にウェブ上にあり、それらを効率よくアグリゲートするだけだからだ。それに対し、GoogleHealthはデータリソースが事前にないか、あっても他者が所有しているというところから出発せざるを得ないのだ。

このように考えてくると、Health2.0といっても、そもそもそのプロジェクトの成否は、案外基本的なビジネスメソッドに拘束されていることが、なんとなく分かってきているのではないだろうか?。

Photo by davidwallace

Rise

三宅 啓  INITIATIVE INC.


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