誰が米国医療を殺したか?

whokill_s.jpg

一昨日のエントリーでレジーナ・ヘルツリンガーの”Consumer-Driven Health Care”のことに触れておいた。ヘルツリンガーは現在、ハーバードビジネススクールの経営学教授であるが、ちょうど去る7月25日ワシントンポスト紙に「誰が米国医療を殺したか?」というショッキングなタイトルの記事を寄稿し、特に米国医療者の間で話題を呼んでいるようだ。このタイトルはまた、先月ヘルツリンガーが上梓した新著のタイトルでもある。「自著の宣伝」ということもあるかも。以下に抄訳を付す。

「アメリカの医師は、われわれの医療システムにおける最も信頼できる価値あるリソースである。だがドクターのプロフェッショナリズムと収入は、最近、ひどく打ちのめされてきている。米国医師会は昨年、そのプロフェッショナリズムを守るために2億8600万ドルの予算を計上しているが、会員医師に報いることはできていない。」

「医師収入は、インフレ調整済み価格で1995年から2003年の間に7%下落しているが、他の分野の専門家(法律家、建築家、作家、エコノミスト)収入は上昇している。医師の仕事は他の専門家と違い、国家や保険会社の方針に影響されがちである。そしてますます、患者と医師倫理綱領にのみ責任を負うような独立医師は、雇い主である病院や保険会社に責任を負うサラリーマン医師に取って代わられつつある。サラリーマン医師は生産性に厳密に縛られており、その結果一日あたり、より短い診察を、よりたくさんこなすことになるのだ。」

「一方、アカデミックな医学雑誌では、いつも決まって開業医の貪欲さや無知を立証しながら、同時にシングル・ペイヤーの医療システムの価値を賞賛するような研究論文を掲載している。そのような医療システムとしてたとえばカナダやイギリスが挙げられるが、そこでは医師は唯一政府から支払いを受けるのである。ドイツの医師はこの種の医療システムの下で、収入に不満を持ち長時間働いているが、昨年ストライキをするより他に、独占的なボスに対抗する手だてはなかったのである。」

「過去10年間に、メディカルスクールへの出願が20%近く減少したとしてもそれほど驚くにはあたらない。ハーバードビジネススクールのMBAコースに入学してきた多くの医師に、彼らが専門を変える決断をした理由を訊くと、彼らはしばしば次のように答えた。『もう診療はできません。あなたはたぶん、AMA(米国医師会)が、保険会社、病院、政府官僚、そしてアカデミズムなど、医師の収入を減少させ、名声を汚し、プロフェッショナリズムを危うくする連中と戦っていると思っているかもしれない。しかしそれは間違いだ。ちがう。そのかわり先月の年次総会でAMA(米国医師会)は、CVSやウォルマートに立地するリテールクリニックに対し宣戦布告したのです。』」

「これらのクリニックにはたくさん良い点がある。便利な立地、延長した開業時間(これらは普通毎日開業している)によって即座のアクセスが可能となるから、忙しい人が、インフルエンザの予防接種のような大切な医療を先延ばしする必要がなくなる。これらリテールクリニックの医療供給は救急治療室の混雑を緩和することに役立ち、無保険者専用に大抵はとってある、病院の救急治療室の高額医療費よりもリーズナブルな価格で、無保険者が医療を受けることができるのである。」

「普通の多数の診療室とは違い、これらの多くのクリニックはケアの継続性を促進しており、診療情報を患者と医師に転送するEMRを備えている。これらのクリニックは脳外科手術はしないが、子供の耳痛などのルーチンケアや予防の世話をする。クオリティは正規の資格を持つ登録看護師と地域医師のコラボレーションと、標準治療プロトコルの使用によって保障されている。」

「だが、AMA(米国医師会)はそれらクリニックと戦っている。医師会は、保険会社は、患者の自己負担支払いを、普通の医師には徴収させておきながら、これらクリニックには減免を許していると主張している。だが、それは保険会社に対する不満というものだろう。医師会の医師たちは、これらリテールクリニックは包括的なケアを提供しておらず、標準の医師-患者関係を破壊していると不満を言っている。『われわれの懸念は非常にシンプルだ。”安全な患者ケア”という問題だ』とイリノイ州医師会のロドニー・オズボーン会長は言う。AMAはまた、これらリテールクリニックは、営利追求企業の医療への侵入を示すものだと言う。」

「ナンゼンスなのだ。これらすべては、医師の縄張りを守ることでしかない。結局、2004年に連邦議会が、営利専門病院規制(リテールクリニックのような医療機関の開業主体は「医師が所有する企業でなければならない」と決められている)を一時停止したとき、AMAは死に物狂いでその危機を阻止したのだ。そのことは利益に関する問題ではなく、まさに権力拡張そのものであった。」

「不幸にも、一方でAMAがささいな縄張り戦争に興じているとき、ますます医師は病院や保険会社のサラリーマン医師にならざるを得ず、政府と保険会社の官僚たちによってでっち上げられた医療活動レシピに縛られているのである。」

「このサイクルは医療プロフェションの差し迫った大崩壊をもたらしつつある。このことはわれわれの医療システムの重大な危機である。」

リテールクリニックと米国医師会との紛争については、以前のエントリーでも取り上げたので、そちらをご参照あれ。

米国でも「医療崩壊」が論じられているわけだが、その中身は日本やまた英国とも違うようだ。ヘルツリンガーは、英国、ドイツそして日本のような政府による独占的なシングルペイヤ-システムに対し、どうやら批判的であるようだ。また、ドイツの医師ストライキはどのように収拾したのだろうか。なまじ、日本の医療制度だけを所与の前提として医療システムを論じていると、硬直した狭い発想しか出て来ない。他の国に学ぶことは多い。

Source:The Washington Post,Wednesday, July 25, 2007; Page A15
“Who Killed U.S. Medicine?”
As Doctors Lose Income and Autonomy, Their Advocate Fights the Wrong Battles
By Regina E. Herzlinger

三宅 啓  INITIATIVE INC.


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong>