Health2.0をめぐる議論、論争

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昨年末、Health2.0をめぐる論争について少し記しておいた。その後、Health2.0がどんどん大きなムーブメントに育ちつつあることは間違いないが、徐々にメンバー個々の意見の食い違いも目立つようになってきた。この時点で一度、Health2.0 をめぐる主たる争点を整理しておきたい。医療IT化の今後にとっても、重要な論点を提出しているからである。

Health2.0とPPH(People Powered Healthcare)

年末にこのブログで少し触れたのは、”Health2.0″という呼称をめぐる論争に関してであった。Web2.0にインパクトを受けた新しい医療サービスを志向する動きは、昨年秋、まず米国の”Open Healthcare Manifesto”で最初に姿を見せた。これはWeb2.0の社会浸透に応じて、医療の世界でも旧来の”eヘルス”時代のURACやHONなど医療サイト情報掲出規定などが時代遅れとなり、新たな医療情報掲出指針をつくろうとの趣旨から提唱されたマニフェストであった。

この「マニフェスト」を作成したのは、医療ブログサイト”TrustedMD”を主催するドミトリー・クルーグリャク氏を中心とするグループであり、彼らは昨年末、医療業界では最初のソーシャルメディア関連カンファレンスとなった”Healthcare Blogging Summit 2006″をワシントンDCで開催している。さらにこの4月30日には第二回目のサミットをラスベガスで開催し、第3回目サミットを9月にシカゴで開催する予定である。

このように”TrustedMD”グループは積極的に活動しているが、”Health2.0″という呼称に は反対している。その理由は、”Health2.0″があからさまなWeb2.0からの単純な連想物にすぎず、また安易にWeb2.0という流行現象に依拠しすぎているからである。つまり彼らのこだわりは、新しいムーブメントの「ラベル」としてふさわしいネームかどうか、にあるようだ。そして先日、クルーグリャク氏は”Health2.0″に対抗して、新たにPPH(People Powered Healthcare)という名称を提案している。

Health2.0グループ内の論争

かたやHealth2.0の方だが、先日ご紹介した”HealthCamp2”などのイベント活動を展開しており、グループの中心人物は理論家で医師のスコット・シュリーブ氏と著名ブロガーにして実践家のマシュー・ホルト氏である。シュリーブ氏はオープンソース・プログラムの世界でも活動実績があるらしく、その経験を医療の世界に生かしたいと考えていたようだ。”Health2.0″の理論的フレーム構築に関しては、マイケル・E・ポーター氏の著書「医療再定義」からのインスパイアーが大きかったと述べている。今一人の中心人物ホルト氏は医療業界でも有名なブロガーだが、9月開催が予定されている”Health2.0カンファレンス”の組織実行責任者として活躍している。

先週、このHealth2.0の二人の間で論争が起きた。これは”Health2.0″の対象範囲をどう考えるかをめぐる論争であった。スコット・シュリーブ氏はポーターの影響を受けているから、”health2.0″とは単にIT技術だけの問題ではなく、広く医療全体を変革するムーブメントであると考えている。彼にとってHealth2.0とは、まさにこれまでの医療のあり方全体を根底的に変える「運動」なのである。

対してマシュー・ホルト氏は「Health2.0とは、単純にWeb2.0の技術を医療に応用することだと考えるべきだ。これはアウトカムや医療の質や医療改革と関係はない。」と述べ、
あくまでも、Web2.0技術の応用領域にHealth2.0の対象範囲を限定すべきだと説く。これに対しシュリーブ氏は「マイオピア(近視眼)2.0」と批判している。

そして一層複雑なのは、「医療全体の変革」というシュリーブ氏の立場にPPHのクルーグリャク氏が賛同を表明していることだ。「現在注目すべきは新しい技術だけではない。その技術を使って医療を変革することが重要だ。」とする点でシュリーブ氏とクルーグリャク氏は一致し、”Health2.0″呼称をめぐっては対立しているのだ。

問題整理

以上のHealth2.0議論をめぐる込み入った状況は、以下のように整理できるだろう。

1.名称問題: Health2.0
2.対象領域問題: 技術領域に絞る 医療変革へ拡大する

まず1だが、これは思い返せばWeb2.0の初期段階にもあったような気がする。2005年秋に二回目のWeb2.0カンファレンスが開かれたが、その直後、Web2.0に対しマスコミやジャーナリズムなどエスタブリッシュメント側から強い批判が巻き起こったと記憶している。要約すれば「Web2.0とは意図的に仕掛けられたマーケティング・バズワード(流行り言葉)である」というものだった。この論争の中で、たとえば”Read/Write Web”を主催するニュージーランドの著名ブロガー、リチャード・マクマナス氏などは「Web2.0とはバズワードだった」と自己批判までして話題になった。

だが「Web2.0がバズワーズかどうか」などという議論にかかわらず、その後、Web2.0は社会に浸透定着して行った。今の時点では、次第にこのような「バズワーズ批判」自体が無意味になりつつある。同様のことが”Health2.0″についても言えるような気がする。PPHなど新しいラベル・ネーミングを提唱するのは自由だが、むしろ「2.0」によって、Web2.0からの出自を明確にした方がわかりやすいと言えるのではないだろうか。

そして2だが、このほうがより重要な問題である。一般的には、シュリーブ、クルーグリャク両氏が言うように、医療全体の変革まで視野において、その変革を実現させるツールとして技術を考える、という問題の立て方のほうが妥当なような気がする。Web2.0をめぐる議論でも、単に技術論にとどまらず、それがわれわれの社会をどのように変えていくかまでを論じる射程距離を持っていた。従来のエスタブリッシュメント社会を談合社会と批判し、新しいワークスタイルやライフスタイル、さらに知のスタイルまでもが提起された。だから「”Health2.0″は根底的な医療全体の変革まで視野におさめなければならない。近視眼的技術論ではすまない。」ということになるのはわかる。

だが、シュリーブ氏とクルーグリャク氏の間にはまた、ポーターが提唱する「価値駆動型医療」の評価をめぐる微妙な差違が存在する。つまり「医療全体の変革」では一致しても、「どのような原理に基づいて変革するか」では一致しないのである。これはこのまま行くと、またしても「あるべき医療」や「変革理念」などをめぐるスコラ論議やイデオロギー論争へ進む気配もする。

そのように考えると、逆にマシュー・ホルト氏の主張「Health2.0はWeb2.0の医療への応用というシンプルな割り切りをすべきだ」に、妙にそそられるものがある。たしかに過去の経験からすると、「理念」論争でエネルギーを使い果たし、プラクティカルな実体化が尻すぼみになるよりは、手と足と金を使って実現可能なことをさっさとやるほうが良いに決まっている。

だが、まあ、このあたりいろいろな側面から、これからじっくり考えて見たい。

三宅 啓  INITIATIVE INC.


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