激化する米国のPHR市場競争

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米ベライゾン社、従業員PHR導入を発表

米国の大手電気通信事業者ベライゾン社のCEOイヴァン・サイデンバーグ氏は、先週ワシントンDCで開催された連邦政府HHS(保健社会福祉省)の「価値駆動の医療」(Value-Driven Health Care)委員会で、同社従業員90万人のための大規模PHR(Personal Health Records)システム導入を発表した。

「医療業界は研究開発面では最先端分野であり続けてきた。だが、経営面ではそうではなかった。電子的なPHRは、患者をエンパワーするために必要な情報を提供することによって、われわれの医療制度を根底的に変えるであろう。これは、医療制度パズルを構成する患者、臨床家、薬局、検査所、病院その他すべてのピースを、シームレスに結びつける共同システムへ向けた第一歩である。」とサイデンバーグ氏は言う。

既にベライゾン社は、先月から4万人の従業員に対しPHRサービスを提供しており、今後すべての従業員と退職者に向けて提供を拡大する予定。このPHRシステムは健康ポータルサイトのWebMDがベライゾン社に提供するもので、従来WebMDが開発したシステムを強化拡張して運用するようだ。

個人医療情報の入力方法と情報コントロールの原則

このPHRシステムは、従業員が会員登録した後、多くの場所(医師、看護師、病院、薬局、検査所など)に分散している従業員個人の医療情報を集め入力するのと同時に、従業員が自分で家族の分も含めて情報入力するような入力方法をとるようだ。

また、いったんPHRシステムに入力された個人医療情報は、従業員ユーザーの許可の下に医療者、看護師、病院などに提供される。つまり、このPHRの個人情報取り扱い原理は、「消費者の個人医療情報を、その消費者の手に渡す」ということであり、消費者自身に情報のコントロール権があることが明らかにされている。さらに、本来のPHR機能のみならず、慢性疾患管理ツールや健康リスク評価などWebMDが提供する機能も付加される。

PHRとEHR

今回のベライゾン社の発表を見て、まず奇異に思ったのは、ベライゾン社がPHRのことを「エレクトロニックPHR(EPHR)」と表記していることだ。これだとEHRとの差違がはっきりしない。もともとPHRとEHRの本質的差違というものを考えて見ると、そのシステムが医療機関側にあるか、それとも個人、保険会社、雇用企業の側にあるかというように、システムの所属位置にしか差違は存在しないのかもしれない。この問題が、今回のベライゾン社PHRによって浮かび上がってきた。

PHR市場の競争

さらに、他のPHR、たとえばDOSSIAのような共通プラットフォームとの関係はどうなるかも問題だ。DOSSIA経由で行くなら混乱はないだろうが、このベライゾン社構想はWebMDとのコラボレーションが土台になっている。そうなると、分散した情報ソース側(病院、薬局、検査所等)から見て、さまざまな仕様の違うシステムからそれぞれ個人医療情報提出をリクエストされる可能性がある。これは面倒だ。つまり、「個人医療情報を一箇所に集約する」ことがPHRの本来メリットであるはずなのに、分散ソースからの情報集約が不十分なために、このメリットが発揮されないおそれがある。

また、ベライゾン&WebMD陣営が連邦政府HHSとの連携を強めているのに対し、DOSSIA陣営(Intel、Wal Mart他)が州政府の連合体を作ろうとしているなど、各陣営の政治的な戦略の差違もはっきりしてきたといえるかもしれない。

医療ポータル戦争とPHR市場

またこれらの上に、別の競争次元が影響して来ており、状況は複雑さを増している。WebMDが今回ベライゾン社と組んだ背景には、先月オープンしたRevolutionHealthへ向けた対抗戦略があるだろう。これまで医療・健康ポータルにおけるナンバーワン・サイトの地位を独占してきWebMDも、投資総額5億ドルというRevolutionHealthの挑戦を受けて安穏としていられないと判断したのだろう。法人ユーザーの獲得強化で収益基盤を固める戦略で、RevolutionHealthへのブランドスイッチに対抗しようと考えていると見られる。

PHRが照射する問題とは何か

今回のベライゾン社PHR構想発表によって、米国医療IT市場競争の一つの焦点としてPHR市場が浮かび上がってきたと言えよう。PHR市場はさまざまなプレイヤーが入り乱れて、次第に混戦の様相を見せ始めてきている。EHRなど他の医療情報システムとの関係性も、次第にあやふやになってきているのかもしれない。

またPHRは、医療情報システムに共通する問題である「個人医療情報は誰のものか。コントロール権は誰の手にあるのか。」にもスポットライトを照射し始めている。日本の場合、電子カルテ(EMR)、レセプト電算化、EHRなどについて、この問題がすっぽり欠落して論じられていることが前から気になっている。

この「ユーザーの情報コントロール権」について、日本では軽視されすぎていると考える。「ユーザーのコントロール権」は、最近の「健康ITカード」構想でもまったく同様に無視されている。報道を読む限り、ユーザーは単に自分の情報の「閲覧者」としてしか想定されていないのである。このことの批判は、また改めて述べたい。

三宅 啓  INITIATIVE INC.


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