脱「センセー業界」のすすめ

sensei

せん‐せい【先生】

①先に生れた人。←→後生こうせい。
②学徳のすぐれた人。自分が師事する人。また、その人に対する敬称。「徂徠―」「お花の―」
③学校の教師。「担任の―」
④医師・弁護士など、指導的立場にある人に対する敬称。「―に診てもらう」
⑤他人を、親しみまたはからかって呼ぶ称。

(広辞苑第五版より)


先日、「患者様」呼称に対する違和感を書いたが、逆に「お医者さま」などの呼び方を考えて見ると、「医者」を「お」と「さま」が前後に挟む二重の敬称になっている。「お医者さん」、「お医者様」など、少なくとも「患者様」よりは長い期間使われてきたわけで、社会的に医師がいかにリスペクトを払われてきたかを物語っている。

しかしこれとは別に、以前から気になっていたのが、医師に対する「センセー」呼称である。特に、医師同士が互いに「センセー」と呼び合うことに、なにか違和感を覚えてきたのである。

センセー業界とは何か?

当方が天邪鬼であることは重々承知しているが、しかし改めてこの「センセー」呼称を考えて見ると、一定の業界、すなわち「センセー業界」とでも呼ぶべきものが日本に存在することに気づく。

    センセー業界

1.政治家業界
2.学校業界
3.医療業界
4.弁護士業界

他にもありそうだが、すぐ思いつくのは以上の「業界」であり、世間的にも「センセー」という呼称が一般的で、またこれら業界内部では、まちがいなくお互いを「センセー」と呼び合っているのである。

冒頭に付した広辞苑「先生」を見ても、②③④項目の意味が、これらセンセー業界に該当するのだなと得心が行くのである。まちがっても⑤ではないだろう。だが上記センセー業界リストをじっと凝視してみると、何がしかの共通項が見えてくるような気がする。

権威失墜

上記リストで共通すると思われるのは「権威」と「失墜」という二つの言葉である。つまりこれらセンセー業界ではなにがしかの「権威」(政治家業界では「権力」も)が必要であり、実はこの「権威」こそがセンセーと呼ばせる実体なのである。ところが今日、その「権威」は現実には「失墜」している。ではなぜこれら「権威」は「失墜」しているのか。それは、「権威」を支える物語がないからである。

物語が神話レベルの強度と美と不可視性を持てば、それに支えられる「権威」も凛として屹立する。だが物語が日常的な小片へと裁断され、隈なく可視化さえされ、見たくもない汚職や不正や事件までそこに挿入されてしまえば、「権威」はまちがいなく「失墜」するだろう。

不幸にしてわれわれは、聖職者や奉仕者などの大きくそして美しい物語を、素直に信じられるようなナイーブな時代の住人ではない。この時代をポストモダンと言おうが言うまいが、「権威」の背後にある物語はことごとく崩れている。

「センセー」と呼ばせる実体が「権威」であり、その「権威」が失墜しているとすれば、「センセー」とはもはや実体を欠いた幽霊のような呼び名でしかない。あるいは現実に無い「権威」を、表面上はあるかのように偽り、取り繕うとすれば、「センセー」とはまさに裸の王様の別称にすぎない。

脱センセー業界文化

一度失墜した権威を再興しようとしても無理である。物語やイメージをいくら補強しようとしても無理である。「権威失墜」という現実から出発するしかない。そのためには、たとえば「権威」時代のシッポである「センセー」呼称を医師同士で使用することからやめて、「センセー業界文化」から大胆に脱出を図った方が良いと思われる。

今日、生活者や患者は、知識と技術を具える卓越した専門家にして練達の実践家として医師を見ようとしている。見たいと思っている。医師の背後に「権威」を見て、それを「センセー」と呼ぶ時代は、本当はもう終わっている。

近代医学は、ヨーロッパにおける理髪師外科医の手技の蓄積から出発している。同時期の「権威」は、大学医学部でスコラ哲学を論じていた「センセー」達であった。ところが、かつてペストがヨーロッパを襲ったとき、「権威」の大学医学部センセー達の中には町を逃亡する輩まであらわれた。最後までペストに立ち向かったのは、権威とスコラ哲学とは無縁の理髪師外科医達であったという。(「十六世紀文化革命」山本義隆 みすず書房)

その後、ヨーロッパでは逃亡したりサボタージュしかねない権威をもった医師よりも、実践家としての理髪師外科医達のほうが、医師として生活者の信望を集めていく。実際のアウトカム以上に人を説得するものはないからだ。

だが、医療業界が「センセー業界」を続ける限り、どうやら生活者や患者との共通接点はないのかも知れない。そして業界文化を業界自身が変えるのは予想以上に難しい。「率直に言って、私には医療業界が自分自身を修正する力を持っているとは思えない。」(インテル会長クレイグ・バレット氏)

三宅 啓  INITIATIVE INC.


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong>