医療情報検索と格闘するGoogle

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先週3月28日、Googleの公式ブログサイトに、Google副社長にして技術部門部長アダム・ボスワース氏の「どうやってあなたは、可能な限りベストの医療を受けていると知ることが出来るのか?」と題するエントリーがポストされ、ずいぶんと反響を呼んでいます。

アダム・ボスワース氏については、以前“PHRとグーグルの「患者URL」”というエントリーで触れてありますが、どうやら、Googleの医療情報部門の実質的な責任者という地位にあると考えてよさそうです。つまりこのエントリーは、Google公式ブログにポストされているということからも、医療情報サービスに対する現時点のGoogleの公式見解ととってさしつかえないでしょう。

医療情報検索に対する真剣な取り組み姿勢

ところでこのエントリーを読んで、まず驚くのは、通常のビジネス・ブログでは考えられないほど率直に、懐疑や煩悶が語られている点です。誇らしげに自分たちの新技術や成果を吹聴するようなことは一切なく、「医療情報検索」というサービスが実はいかに困難を極めるものであるかが、洞察の徹底性を唯一の手がかりとして提起されています。このような真剣かつ深刻な問題意識を、企業幹部がオープンに吐露するのはまれなことでしょう。

医療情報検索の「三つの問い」

アダム・ボスワース氏が提起しているのは、医療情報検索につきまとうシンプルでしかも解決困難な「三つの問い」です。

・その情報が当てに出来るか、信頼できるか、どうしたらわかるのか?
・私は最良の医療標準のもとに医療を受けているか?
・あなたにとって最良の医師や医療機関とは?

まず最初の問いですが、これは「情報の信頼性」の問題です。ボスワース氏はGoogle Co-opの仕組みを説明し、医療専門家によるWebサイト上の医療情報の吟味によって、検索ユーザーは信頼できる情報へ到達することが出来るとしています。実際には検索結果に、医療専門家によってマークされたラベルが表示されるわけですが、ボスワース氏はこのラベルがユーザーから見落とされていること、そしてたとえラベルを見つけても、それが一体何を意味するかがほとんどのユーザーに理解されていないこと、などを問題視しています。たしかに、Google Co-op自体がまだ実験段階にあり、そのバーチカル検索の仕組みが一般にはほとんど知られていないし、ラベルの表示の仕方自体にもまだまだ改善の余地があると思われます。

二番目の問いは「医療ガイドライン」の問題です。これは医療者側が準拠している標準的なガイドラインを、患者はどの程度知ったほうがよいのか、あるいはその必要はないのか、という問題です。換言すれば、「かなり専門的な医療情報を患者はどこまで知り、またどうやって調べるべきなのか?」。なぜこれが問題になるのかといえば、患者側には常に「自分が今受けている治療は、本当に医学的に正しい方法なのだろうか?」という猜疑心があります。また、患者側が高度な知識装備をすれば、医師との対話が正確になり、医師の過誤を抑制できる可能性もあるとボスワース氏は指摘しています。

「毎年44,000人から98,000人のアメリカ人が、病院において回避できる医療過誤によって死んでいると推定される。これは毎日150から300人の入院患者が死んでいることになる。そしておよそ77万人の人々が毎年病院で、不適当な薬剤によって損傷を受けたり死んだりしている。大ざっぱに見て、毎日5千件の回避出来る医療過誤がドクターのオフィスで起きている。」

「全ての人の症状はユニークだ。医者のまねをしたり、あなたの治療はどうあるべきか、それはなぜなのかを言うことは一般人には出来ないのである。医者でさえ、このことに手を焼いている。信じがたいほどに、常に近代医学はより一層複雑に変化しているからである。人々が受けるべき正しい医療標準を知るために、検索することを助ける最良の方法は何か?。どんな治療あるいは薬の分野を検索すべきなのか?。(検索結果として)どんな処置が表示されればよいのか。」

このようにボスワース氏は自らの疑問を率直に列挙しており、それらしい解決方法を安直に提示しようとはしません。

三番目の問いですが、これは「医療評価」の問題です。
「レストランや映画についてはWebでたくさんのことが見つかるのに、医師についてはそうではないのは変だと思わないか?。実際、あなたはたいてい、誰のところへ行くべきかさえわからないし、あなたのGP(一般開業医)が推薦するなら誰であれ受け入れてしまう。」

「しかし誰が年季が入っているとわかるのか。あなたは、実践経験がどのくらい長いかで、いつもあなたを治療する人を決めているか?。「ベスト」とは実際、何を意味するのか。難しい問題だ。たとえば、死亡率は良い指標ではないかもしれない。あるスペシャリストは、他の医師が対処できない患者だけを治療する。そしてそうだから、彼らがたとえ世界一であっても、彼らの死亡率はベストではない。」

今日米国では、Web上に医療機関や医師についての評価情報はたくさん存在します。しかし、ボスワース氏も指摘するように「死亡率」という一見比較しやすそうな指標でさえ、問題はあります。いろいろな尺度で計量化され数値化された「医療評価情報」というものは、医療の複雑性を一挙に単純化し「ベストの医師、病院」を抽出する魔法のツールではありません。ボスワース氏はそのことを指摘し、「『ベスト』とは実際、何を意味するのか」と疑問を表明しているのです。

医療情報検索の困難性への挑戦

結局、ボスワース氏とGoogleがぶち当たっているのは、「医療の不確実性」ということではないかと思いました。まず、「医療情報の信頼性」については、「絶対に正しい医療情報」を誰も提示できないという不確実性があります。そうなると、Google Co-opのように、「たくさん医療専門家、団体がWeb上の医療情報を精査しました。どの専門家、団体の情報評価を採用するかは、あなたの自由です」というふうに、「医療情報の信頼性」を「情報評価者の選択」によって担保するという方法しかないのかもしれません。

「標準ガイドライン」も、患者の症状や個性によっては一概に正しいとは言い切れません。また、たとえ患者が学習によって高度に専門的なガイドラインを習得したとしても、医師に代わって判断出来るわけはありません。医療情報検索サービスがどこまで「ガイドライン」を検索結果提示するか、これも機能だけの問題では判断できないでしょう。患者と医師との関係性、そして個人個人でさまざまに異なる局面まで考慮に入れるべきかも知れません。

「医療評価」も同様で、評価指標は多数存在しても、結局「誰がベストな医師で、どれがベストな病院か」を簡単にリストアップすることはできません。しかし、検索ユーザーにこれらのニーズがあるとすれば、Googleとしてはどのように対応すべきかが問題となります。

最後にアダム・ボスワース氏は、次のようにエントリーを締めくくっています。

「結局、これらすべての質問は、あなたが求める情報をどのように見つけるかに関するもの。これらは一見やさしそうに見える。レストランなら、それらは取るに足らないものだ。しかし、(これらの問題は)極端に言うと本当は生死の問題であり、生活の質の問題である。手短に言えば『深い問題』なのだ。」

「われわれはすべての答えを持っていると言いたい。しかし、そうではない。ほとんど、今のところは、われわれが持っているのは疑問であり、そしてそれをあなたからも聞きたいのだ。」

三宅 啓  INITIATIVE INC.


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