新健康診断制度: 国家と健康

Nationhealth

来年08年四月から開始される新健康診断制度の内容が、次々にマスコミで報じられてきています。これはメタボリック症候群を検診で可視化し、生活習慣病有病者および予備軍を2015年までに25%減らし、生活習慣病に起因する国民医療費を削減しようというものです。

長期計画の陥穽

対象者は、なんと40才-75才の中高齢層の「国民全員」。まさに国民皆保険制度ならぬ「国民皆健診制度」が新たに制度化されるわけです。健診の徹底化のみならず、検査後の保健指導も徹底され、その進捗状況は健保組合の高齢者医療向け支援金供出に反映させるとの事です。

ではメタボリック症候群退治によって、国民医療費がどの程度削減されるかですが、ここの根拠はまったく不明です。しかし一方、検査費、検査データDB化費、保健指導費など、逆に確実にコストは増えることは間違いないのですから、果たしてこれが国民医療費削減の特効薬になるかどうかは誰にも分かりません。また「8年間に25%減」という目標と計画スパンの立て方にも問題はあるでしょう。このような長期間で、しかも大雑把な目標と計画設計では、計画終了時の結果と責任がうやむやになりがちです。うがった見方をする人は、それが何を意味するかをご存知でしょう。

検診DBはPHRとして提供か

さて、さまざまな問題を抱えている新健診制度ですが、われわれの関心領域に入ってくる問題は健診データのDB化であり、これは結局PHRのようなものになるだろうと思われます。健保組合や自治体健保などがそれぞれ健診DBを構築し、それを保険加入者に開放すればPHRになるわけです。ところが先行する米国のヘルスプランや保険会社が主催するPHRの運用実績を見ていると、ユーザー利用率が極端に低いことが最大の問題になっているのです。

先ごろ発表された、フォレスターリサーチ調べの保険会社PHRのユーザー利用状況は以下のとおり。

・自分の契約保険会社のWebサイトを利用したことがない(53%)
・保険会社から提供されるPHRを利用したことがない(22%)
・契約保険会社はPHRを提供していない(19%)
・契約保険会社提供のPHRを利用したことがある(7%)

(調査時期:06年8月-9月、調査地域:アメリカ、カナダ、回答者数:11,134 )

なんとPHR利用者は7%に過ぎないのです。75%のユーザーはPHRが提供されていても利用したことがないと回答していますが、もう少し詳しく見ると。

・PHRを利用していない人の47%は第三者が自分の健康データにアクセスすることを不安に感じている。
・ユーザー全体の34%がシステムのセキュリティを信用していない
・ユーザー全体の29%がPHRに顕著な利便性があるとは思っていない
・ユーザー全体の26%はPHRは不便であると、また22%が難しすぎると答えている

新健診制度を実効的に稼動させるためには、やはり健保加入者全員のデータをDB化することは避けられませんが、高いコストをかけて立派なシステムを構築しても、これが米国の例に見るようにまったく利用されないのであれば、そのコストはまたもや空費され、新健診制度自体の頓挫さえ予見されます。まず、現状点検からやるべきでしょう。たとえば現在、各健保組合のWebサイトの加入者利用状況はどの程度でしょうか?。

国家と健康

PHRを作ること自体は大いに歓迎されることです。しかしこの新健査制度ですが、何かが決定的に欠落しているのではないでしょうか。それは「この新検査制度を作って、はたして国民が動くのか?」という根本的な考察です。やはり仕組みを作るだけではだめで、どうしても「国民の自発的なアクション」がこの計画には必要不可欠だといわねばなりませんが、それが実現されるイメージがどう考えても浮かんできません。

国民全員が「メタボリック症候群のリスク」を理解し、さらに「国民医療費のコスト・ドライバーである生活習慣病を減らそう!」と一挙覚醒し、健康診断をきそって受け、健保組合等のPHRデータを活用しながら積極的かつ計画的に生活習慣改善に取り組む・・・・・。

こんなこと起きるわけないし、起きればそれはそれなりに不気味であります。かつて戦前ドイツのナチス政権は、禁煙運動、アスベスト使用禁止、着色料など食品添加物の安全基準制定、さらに大腸ガン早期発見検査の奨励など、国家による先進的な「国民ぐるみの」健康施策を次々に実行したと言われます。(「健康帝国ナチス」ロバート・N・プロクター著、草思社)

しかし健康とは、きわめて個人的な問題なのではないでしょうか。そこに国家が前面に立ち介入すること自体に無理があると思われます。巷間、流行っているDM(ディージーズ・マネジメント)などにも、この新健診制度と同様の危うさを感じてしまいます。

三宅 啓  INITIATIVE INC.


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