「セキュリティ」と「ケア」

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以前のポストで「プライバシーとセキュリティ」一般の問題と、闘病記のようなUGMとの間に、ある種、合理的に説明しがたい齟齬感があることを表明しておきました。これは一昨日から考えてきた、ウェブ闘病記とPHRの間に横たわる溝と同じ種類の問題だと思われます。

では、たとえば今日、われわれが自明のごとく使用している「セキュリティ」という言葉や概念を、医療やITの現状に即して、もう一度改めて検討して見るとどうなるのか。このあたり、非常に刺激的なテーマですが、いっぺんに扱うにはなかなか手ごわそうでもあり、そうやすやすとは行きそうにもありません。

「セキュリティ」の再検討

しかし、「医療IT化」と言えば必ず「セキュリティ」と機械的に反射反応する向きが多いことに、少なからず違和感を覚えてきた当方としては、なんとか新しい思考回路がないものかと愚考してしまうのです。そしてこれは、ウェブ闘病記や医療IT化を考える場合、避けて通れない問題でもあります。

まず「セキュリティ」の概念について、次のような注目すべき秀逸な要約があるので、これを手がかりにしてみましょう。

「『セキュア secure』とはもともとラテン系の言葉なのだが、これは、配慮や関心を意味する cura(英語のcareの語源でもある)に、欠如を意味する接頭辞 se が付されて作られたものだと言われている。つまり『セキュリティ』とは、語源的には、配慮や関心がない状態(without care)を意味する言葉なのである。とすれば、『セキュリティを高める』とは、ただ安全性を高めるだけではなく、世界に対する配慮を必要としない状態を作りあげること、人々ができるだけ何も考えずに生活できる世界を作りあげる行為を意味することになる。」(「情報自由論」第四回”イデオロギーなしのセキュリティの暴走” 東浩紀 『中央公論』2002年10月号)

以上のような興味深い語源が「セキュリティ」にはあるわけですが、これを医療(Health care)と合わせて考えると、どちらも「care」にかかわる言葉ながら、対照的な方向性をもっていることに気づかされます。医療(Health Care)は「配慮、関心、心配」のまなざしを人に向けているのに対し、セキュリティは「配慮や関心がない状態」のことであり、人に対し世界に対し、無関心なまなざしを持っています。

外部を「無視」する「安全な空間

「セキュリティを高めること、それは前述のように、価値観や規範意識の選択以前の、動物的な部分に基づいた本能的な要求である。だからそこには世界への関心はない。セキュリティの強化を望むとき、私たちが念頭に置くのは、社会全体の利益や福祉ではなく、自分あるいは家族、せいぜい近しい友人何人かの安楽な生活である。そのためには異物は排除したほうがいい。マンションあるいはコミュニティの入口に監視カメラを設置し、警備員を配置し、出入車両のナンバーを記録し、訪問者の氏名や住所が(たとえば住基カードの提示を義務づけることで)自動的に開示されるようなシステムを作れば、確かにその内部は『安全』な空間になるに違いない。しかしその安全は、私たちが人間であるがゆえに備えていた、何か重要なものと引き替えにして得られているのだ。」(同上)

セキュリティを高めることによって得られる「安全な空間」は、世界(外部)への関心を欠く内部へ閉ざされた空間です。これはPHRのようなシステムのことです。安全ではあるが、外部へ情報を開くことはなく、安全空間内部に自己の医療記録を蓄積していく、そのような「セキュアー」な環境です。

「ケアされたい」気持ち

これに対しウェブ闘病記には「ケアされたい」という闘病者の思いが、その根っこにあるのです。「ケアされたい」、すなわち上記の語源論から言えば「配慮、関心、心配」を意味することを求める心情。「配慮されたい、関心を持ってほしい、心配してほしい」、つまり「無視しないでほしい」ということ。このような「思い」を外部(世界)へ向けて発しているのがウェブ闘病記なのです。

このように考えてくると「セキュリティ」という言葉は、「無視する」という意味を内包していることもわかります。そうであるなら闘病者がウェブ闘病記を書くのは、「セキュアーなまなざしで無視する」ことに対する、「無視してほしくない、今ここに生きている自分を知ってほしい」という一つの抗議行動と理解することもできます。

もちろんITシステムにおいて「セキュリティ」の重要性を否定するつもりはありません。しかし、そのことがこの社会においてどのような意味を持つかが、あまりにも等閑に付されていることも事実です。

(Photo by Johannrela)

三宅 啓  INITIATIVE INC.


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