医療情報デジタル化をめぐる混沌: PHR、EHR、健康ITカード

zakkicho

ここ一週間、医療情報のデジタル化の方法について、さまざまな構想が発表されました。日本の厚労省「健康ITカード」構想、米国の新しいPHRサービス”MyMedicalRecords”、GoogleAdSenseと提携したEHRシステムなど。そしてまた、先週、米国政府諮問機関AHIC(American Health Information Community)のワーキンググループ内で「PHRの認証」をめぐって認証推進派と反対派の対立が起きていることが報じられました。

医療情報のデジタル化あるいはオンライン利用促進という点では、セキュリティとプライバシー問題に対する懸念があるものの、これら懸念を払拭する政策や技術が整備されたなら、大枠で医療情報デジタル化の流れは社会的に受容されていくものと思われます。

ただ、それをどの視点、誰の視点から見ていくかによって、求められるシステムにはさまざまなバリエーションがあり得るのだというコトも、次第に明らかになってきました。というよりも、たとえばEHRやPHRの正確な概念や仕様がまだ明確に定義されていないことによる混乱が、現在われわれが見ている内外の事例であるのかも知れません。その上、一体それが社会的インフラなのか、民間サービスなのか。つまりシステム自体の位置づけも判然としていません。

米国AHICワーキンググループの論争では、保険会社、ヘルスプラン、IT情報サービス企業などからばらばらに提供されているPHRの仕様に標準化の網をかけ、一定の要求水準をみたすものに認証を与えようとする提案に賛否両論が巻き起こりました。認証賛成派も反対派も、PHRの広範な導入促進という点では一致しながら、賛成派は「PHRはユーザー入力の手間を省くために、医療機関、薬局など関係者からの入力フォーマットを標準化すべきである」と主張し、反対派は「PHR開発はまだ初期の段階にあり、認証はイノベーションを阻むものであり、トップ・プライオリティはプライバシーとセキュリティに置かれるべきである。」と反論しています。

これらの議論を見ていると、どちらも正論でありながら、そもそも違った別のPHR像を見ているがために論点が交差せず、対立を調整できないような印象を禁じ得ません。つまり、前述したようにPHRの厳密な概念規定、仕様規定がないがゆえに、議論の出発点が共有されていないのです。

もちろんPHRの概念と仕様を規定するためには、同時に他のシステム、特にEHRとの関係を明確にすることも必要になります。さらにNHINや厚労省が発表した「医療のIT化」構想など社会インフラとの関係も問題になってきます。

つまり「医療情報のデジタル化」という大きな流れはあるものの、現実は、ところどころにEHRやPHRやNHINなどの「島」が見えているだけで、他は濁流渦巻くカオス状態になっているのです。これらの事情も、議論に一層の混迷をもたらす原因になっています。

さて日本の現状を考えると、たとえばEHRについての日本語の紹介記事や資料はウェブ上に多数存在しますが、PHRとなるとほんのわずかです。今回、厚労省が発表した「健康ITカード」構想が、基本的にはEHR寄りの発想でありながら、プレス発表ではPHRのようなニュアンスを加えられているのも、日本における医療情報デジタル化議論の未成熟さを表すものでしょう。しかし、これはアメリカも似たり寄ったりかもしれません。医療がITの後進領域であることは、世界中どこも同じです。

いずれにせよ、医療情報のデジタル化とオンライン利用を実現する社会インフラのロードマップが必要です。まずパブリック・スフィアの計画概要が先行的に策定されるべきでしょう。一方、PHRのようなパーソナルサービス分野はむしろ市場競争に委ね、生活者の選択性を最大限に広げることを確保すべきでしょう。

ところで、われわれがPHRに注目しているのは、それが闘病記のような、患者が自発的に作成するドキュメントと非常に近いか、あるいは同じ領域にあると考えられるからです。EHRや社会インフラとは別に、個人を拠点としたPHRには、さまざまに多様なサービス開発の可能性があると考えています。

三宅 啓  INITIATIVE INC.


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