視点移動: 統計調査から闘病記へ

私たちは、「闘病者の体験」に注目するところから、TOBYO開発を出発させました。ではその闘病体験をどのように集めれば良いのか。ピッカー研究所が開発した患者経験調査では、患者が体験したことをアンケート調査によって集めます。今日の統計調査手法としては当然ですね。そして最終的に、集まった患者経験(体験)は数値化され、統計的な分析を経て発表されます。現に英国では、政府がこの患者経験調査を定期的に実施し、すべての病院の調査結果を公開しています。この調査結果を比較検討することによって、生活者がより良い病院を選択することが期待されているのです。米国政府も、ここ数年来、患者経験調査による全米病院評価プロジェクト「HCAHPS」を進めています。

日本でも、当然、このような病院評価調査が実施されるべきでしょう。でも米国HCAHPSの進行経緯をウォッチングしてみると、医療を取り巻く関係者が多すぎて利害調整に手間取り、簡単にコンセンサスが取れないこともわかってきました。それに、このような統計調査の結果が、生活者にわかりにくいという問題があります。英国の場合、生活者にもわかるように、調査結果を「星3つ」の総合評価で表示しています。しかし、レストラン評価でもあるまいし、医療評価としてはあまりにも大ざっぱすぎる嫌いはあります。

むしろこのような統計調査によって得られた数値データは、どちらかと言えば、病院の経営や業務改善の方面にこそ役立つと言えるでしょう。またいずれご紹介しますが、今年に入って英国政府は、統計調査だけでなく、医療についての生活者の体験情報を、オープンにネットで収集する活動を始めました。

統計調査によらずに闘病者体験を集めるために、私たちは闘病記に着目しました。闘病記と言えば、これまでも著名人の闘病記が出版され、話題になることは少なくありませんでした。古くは、正岡子規が結核闘病記「仰臥漫録」(1901年)、「病林六尺(子規随筆)」(1902年)を出版したことなど、よく知られていますね。

今日、著名人だけが出版メディアを使って、「本」としての闘病記を出版する、という事態は大きく変わっています。一般の闘病者が闘病記を出版するケースは、1970年代あたりから増えてきていると言われ、最近では、大手書店に「闘病記コーナー」が棚取りされるまでになってきました。病院に闘病記ライブラリーを設置する例(河北記念病院)、また図書館に闘病記コーナーを設置する例も全国的に増えつつあります。

そして決定的な変化は、ここ10年ほどで、Web上に膨大な数の闘病記が書かれたということでしょう。今や闘病者体験は、「出版」というボトルネックを経ずに、リアルタイムで誰でも自由に、Web上の闘病記に直接書かれる時代となりました。

もちろん、これらのWeb闘病記は玉石混淆状態です。しかし、上記のような、無味乾燥でわかりにくい統計調査結果よりも、闘病者に実践的で役立つ体験情報の宝庫であると言えます。なによりも、実際に闘病者が経験した、感じ方、悩み、恐れ、希望、喜びなどが、そこには生きた記録として示されています。ピッカー研究所の患者経験調査から出発し、改めて目を開いてみると、そこには多種多様な闘病者体験が、Web闘病記として豊穣に存在することにやっと思い至ったということですね。

これから少しづつ、Web上の闘病記の現状や、個性的で感動的な闘病記の例など、ご紹介していきたいと思います。

三宅 啓    INITIATIVE INC.


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