闘病記の考察5: 情報の信頼性(続)

今年2006年は、「医療を変える」との問題意識のもとに、欧米で新しいタイプのWeb医療情報サービスが出現した年として記憶されるでしょう。しかし、Web2.0全体の進行状況に比べ、医療分野はまだまだ遅れた分野であることは間違いありません。ようやく、いくつかの有望なスタートアップ企業が現れた程度なのです。

今日(12月30日)も、米国のブログ界を見ていると、「Health2.0」論争というのが目にとまりましたが、実は、新しいWeb医療情報サービスに対し、これらをなんと呼ぶかがまだ定着していません。「Health2.0」という言葉は、最近ボツボツ目につくようになった言葉ですが、Web2.0のバブル傾向を警戒し、これに反発を持つ人もあります。一方、「Open Healthcare」と呼ぶべきだという主張もあり、このあたりまだまだ流動的ですね。ただ共通認識として、従来の「e-Health」という呼び名は廃れているようです。あえて「e-Health Era」などと言う場合も、「インターネット初期、最初のWeb医療情報サービスが登場した過去の時代」というニュアンスで使われています。このあたり、いずれまた海外動向をまとめたいと思います。

闘病記情報の信頼性

さて、Web上の医療情報の信頼性について、情報ソースの信頼性と、ユーザーのリテラシーの二つが重要であると述べました。その上で、ユーザーのリテラシーが今後より重要になると指摘しておきましたが、では情報ソース、つまり闘病記自体の信頼性についてはどうか。

これは闘病記に限らず、たとえば「ブログをどう見るか」という問題と似てくるのではないでしょうか。ブログは掲示板の書き込みなどと違って、一人の作者によって長期間にわたり継続して書かれるものです。そしてここが重要なのですが、掲示板のように単発で書かれる情報と、ブログのように継続して書かれ蓄積されて行く情報とでは、おのずから情報の質も性格も変わってきます。手短に言うと、長期間継続され蓄積されて書かれて行く情報の「集合体」は、単なる情報の量的集積を超えて、次第に「作者の全人格性」をあらわにしていくのではないかと考えます。長期間蓄積されていけばいくほど、それは「Web上の自分の分身」(「Web人間論」梅田望夫、平野啓一郎)という性格を持ち始めるのだと思います。このことについて、アルファブロガーである「極東ブログ」のエントリーにも、同様のことが記されています。

たとえ匿名であっても、このように長期間、大量に蓄積されたドキュメントは、「そのエントリの総体がそのブロガーを定義しうる 」(「極東ブログ」)ものです。Web闘病記も同様で、長期間蓄積された体験ドキュメントの総体が、その情報の信頼性を、ある程度、担保しうると考えられるのではないでしょうか。その意味では、一般に「情報量の多い闘病記」ほど信頼性は高いと見てよいと思われます。

闘病者の体験情報については以上のようなことが成り立ちますが、今ひとつの問題は扱われている医学情報です。闘病記には、闘病者が自分の病気について書籍、論文、Web上の情報などをこと細かく調べ上げ、その医学的な原因や治療方法についてまとめたコンテンツが掲出されるケースが多いです。この「医学情報コンテンツ」には二つの目的があります。一つは闘病者自身のためです。闘病のために必要な知識・情報を集め、自分のために一ヶ所に記録しておきたいということから、これら「医学コンテンツ」が作られています。二番目に、他の自分と同じ病気を持つ闘病者のためです。これは、自分の後から続く闘病者の労をはぶき、知識・情報をリレーするために作られたコンテンツでもあるわけです。

しかし、普通、闘病者は医療者ではありません。これら「医学情報コンテンツ」の中には医学的に誤った記述や誤解された事実などが含まれる可能性はあります。しかし、特定の健康食品、民間療法や宗教療法へ誘導する例を除き、これらの医学情報が意図的に歪められているケースはほとんどないと思われます。闘病者のほうも、このあたりの事情は弁えていて、「自分は医療者ではないので、あくまで参考程度にご覧あれ。」との注が冒頭に付されてあることが普通です。

Web闘病記の情報の信頼性は、概ね以上のような現状であると考えられます。これを、「だからWeb闘病記などというものはあてにならない」とするのか、「一定の限界を了解した上で、参考になり利用できる闘病体験情報の価値を認めていこう」 とするのか、これはユーザーの判断にゆだねられています。もちろん私たちの立場は後者です。

さらに、良質の闘病記を見つけにくいという問題もあります。私たちはこの解決ツールを開発し、Web闘病記の世界を可視化し、そこに豊富にある有用な体験情報を活用するサービスを開発したいと考えています。

三宅 啓   INITIATIVE INC.


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